佐野理事長ブログ カーブ

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第344回 忙酔敬語 エーデルワイス

看護大学の講義の準備をしていたときのこと。今の日本ではほとんど話題にもならない産褥熱にさしかかったとき産褥熱の発見者、ゼンメルワイスのことを思い出しました。
ゼンメルワイスは19世紀初頭の人物でオーストリアのウイーン総合病院の産科医でした。当時、ウィーン病院には第一産院と第二産院があり、ちまたには第一産院でお産したら生きて退院することはできないと噂が流れていました。第一に入るか第二に入るかはアットランダム。ある日、ゼンメルワイスは第一産院に運び込まれる産婦が「殺される!」とパニックになっているのを目にしました。本当かなと思って調査すると確かに第一産院でお産をした褥婦は第二産院でお産した褥婦の何倍も死んでいるのが分かりました。第一産院は医師の養成所で第二産院は助産師の養成所でした。ゼンメルワイスは第一産院の医師が解剖などで汚れた手でお産を取りあつかっていることに気づきました。そしてこの汚らしい手の毒が死の原因ではないかと考えました。ゼンメルワイスは今で言えば発達障害的なところがあり、こうと思い込んだら周りの空気を読まずに行動する人でした。第一産院の入り口に張りついて、たとえ上司でも手洗いをしなければお産にたずさわるのを許しませんでした。その努力の結果、第一産院での死亡は劇的に減少して第二産院よりもはるかに下回るようになりました。その成果を今までの先輩たちをなじるように発表したため医学会からは白い目で見られるようになり、あげくは彼自身が敗血症で死んでしまいました。細菌による感染症が発見される前のことでした。
私はそんな奇人のゼンメルワイスのことが好きでよく試験に出しましたが、必ず「エーデルワイスのこと」という珍回答がまじっていました。今年は劇団四季が『サウンドオブミュージック』を上演して評判をよんでいます。私は映画『サウンドオブミュージック』でキザに「エーデルワイス」を歌ったタラップ大佐のことを思い出し、気分が悪くなり口の中が苦くなりました。それほどタラップ大佐が嫌いなのです。
だいたい、海もないオーストリアの海軍大佐ということが気に入らない。体の弱かったろう前妻に7人の子どもを作らせたあげく死なせたのが気に入らない、その子供たちを軍隊式にホイッスル一つで訓練しているのが気に入らない、社交界で知り合った男爵夫人と再婚しようとしたのが気に入らない、ウブなマリアの気をひいて後添えにしてしまったのが気に入らない、映画には紹介されませんでしたが、そのマリアにさらに何人もの子を産ませたのが気に入らない、そして一番気に入らないのが中学生のときに見た映画でタラップ大佐の歌う「エーデルワイス」にしびれてしまった自分自身でした。
今でもジュリーアンドリュースが「サウンドオブミュージック」を歌いながら登場するシーンはミュージカル映画のオープニングの金字塔だと思っていますが、どうしてもタラップ大佐の貴族然とした態度が鼻についてなりません。嫌いなものは嫌いなのです。
のちに本物のマリアさんがお婆ちゃんになって、「徹子の部屋」に登場したことがありました。民族衣装を着て往年のマリアを彷彿とさせる姿でした。修道女のころはやはり映画のマリアのようにおてんば娘で、自分を鍛えるためにロープを使って屋根によじ登ろうとしたそうです。そして、実際のタラップ大佐は映画のように威張りくさってはいなく、とても優しかったとのこと。確かに生前の写真を見ても穏やかに微笑んでいて感じの良い人でした。つまるところ、私の嫉妬心が憎しみを生んだようでした。