もう予定日間近のお母さんが2歳くらいの坊やをつれて妊婦健診に来ました。何気なく、「どうやって来ました?」と訊くと、
「歩いてきました」とケロッとした顔で答えました。
私は患者さんのカルテを見るとき住所を確認する癖があります。このお母さんの場合、当院までの距離は3㎞くらいです。
「まさかお兄ちゃんも歩いたの!?」
「そりに乗せてきました」
1時間以上かかったとのこと。
「防風林を突っ切って来たんだ‥‥。防風林は雪が積もって眺めが良いでしょ?」
「スマホのナビを見ながら来たので見てません」
内診すると子宮口は3、4㎝開いていて、陣痛がつけばすぐお産になりそうでした。
「もうお産が近いからちょっとでも痛くなったら連絡してね」
「じゃあ、バスで帰ります」
はたして翌日スンナリとお産になりました。驚いたことに昨日は帰りも歩いたそうです。
安産のために適度な運動が奨励されています。多くの助産施設では2㎞以上を歩くように指導しています。
薪割りなど昔ながらの生活を合宿しながらのお産で一世を風靡した愛知県の「お産の家」の吉村先生は自称クレージードクターで、お腹が張っている妊婦さんにも「歩け歩け」と叱咤激励していました。健康的な生活をしていれば早産はあり得ないと言うのです。
でも地元の妊婦さんたちは「お産の家」は敬遠して、全国からの崇拝者たちが集まるとのこと。これは私の誹謗中傷ではなく、吉村先生自身が講演でお話ししたことです。
赤ちゃんを支える子宮頚管長が短いと早産の危険が高くなります。とくに2㎝以下になると入院管理する施設もあります。
吉村先生は10年以上も前に日本周産期医学の学会で、子宮頚管長が2㎝以下の妊婦さんに100回から300回のスクワットをさせて無事、正期産に至ったと報告しました。私もその学会に参加して他の産科医たちの反応を知りたかったのですが残念ながら都合がつきませんでした。
100㎏越えの超肥満の初産婦さんがいました。当院から歩いて15分もしない所に住んでいるのに、いくら歩けと言っても、
「ダメです。苦しいです」とハアハアいっていました。
どうなることだろう、こんな妊婦さんが帝王切開になっても麻酔は入りづらいだろうし傷の付きも悪そうだしイヤだなあと思っていたら、あっさり会陰裂傷もなくお産となりました。よほど産道が広かったんでしょう。
お産の翌日、
「先生、こんなに動けるようになりました」と、ゴムまりが弾むように飛んで見せてくれました。オレ、嫌われてなかったんだ、と一安心しました。
何が言いたいのか分からなくなりましたね。要するに人それぞれということです。でもやっぱりゆとりのある人は歩いた方が良いと思うんだけどなあ‥‥‥。
第268回 忙酔敬語 安産とウォーキング