佐野理事長ブログ カーブ

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第768回 忙酔敬語 大家を超えろ。

 大塚敬節先生は近代東洋医学の大家です。明治以降、政府が西洋医学志向となったために低迷していた漢方を甦らせました。著作は多数で、中国での東洋医学、いわゆる中医も大塚先生の著書をパクっていると言われています。

 大塚先生が東洋医学に興味を抱いたのは当時の西洋医学に限界を感じていたからです。一通りの医学を修めた先生は郷里の高知で開業しました。あるとき人事不省の女児の往診を依頼されました。女の子は小学4年生です。もともと大阪に住んでいて、2年前に運動会で走って転んで頭を打って3日間意識を失いました。意識を取り戻しても1日に10回以上も痙攣発作を起こして大小便を失禁してしまうと状態が続きました。あちこちの病院で診てもらっても治らなく体力は弱っていく、それだったら一族のいる高知で看取ってもらおうということになりました。大塚先生は女の子がさかんにあくびをしているのに気づきました。「あれ、こんな症状、漢方書に出ていたぞ」。家に帰って調べたら甘麦大棗湯でした。甘草・小麦・大棗(なつめ)からなる食べ物のような薬です。これを飲ませたところ、症状は徐々に回復して10ヵ月ほどで学校へ通えるようになりました。

 これは漢方を学ぶ者は誰でも知っている話です。しかし私は疑いました。甘麦大棗湯は即効性があり体質改善の薬ではありません。治療中お灸の強い刺激を受けて一時悪化したこともありました。大塚先生の人柄と甘くて飲んでもイヤな思いをしない薬のために安心したのではないか? 女の子は今でいうPTSD(心的外傷後ストレス症)ではないのか?大塚先生自身もこんな経験はこれ1回だけだと言っています。後日、女の子が大人になり酒飲みの男と結婚したら、またあのような発作が起きたということでした。

 神田橋條治先生は発達障害やPTSDのカリスマです。先生の手にかかるとそれまで治らなかった患者さんがアレヨアレヨという間に良くなるそうです。先生は東洋医学にも造詣が深くPTSDのトラウマに四物湯が奏効すると気づかれました。四物湯は組織のすみずみまで栄養をゆきわたらせて微小に損傷した組織を改善します。PTSDも微妙な脳の損傷です。そんな患者さんに使ってみたらやはり効果を発揮しました。ただし四物湯は胃腸障害を引き起こすという副作用があるので、そんなときは桂枝加芍薬湯をかぶせると良い。この合法が一人歩きして四物湯+桂枝加芍薬湯は神田橋処方と呼ばれるようになりました。

 さて、私だったらあの女の子に対してどのような治療をするか?確かに手始めは甘麦大棗湯が無難です。でも根本的な治療にはなりません。少し落ちついたこところでいきなり四物湯にはしないで桂枝加芍薬湯に膠飴(水飴)を加えた小健中湯を飲んでもらう。受けつけてもらえたらジワリジワリと四物湯を加えていく。四物湯が中心となる頃には症状は安定するはずです。

 西洋医学でのPTSDやパニック症の治療薬はSSRIです。不安発作の予防薬ですがすぐには効きません。発作が起きたら抗不安薬で対処します。しかし原則、SSRIは小児には使用できません。そこで神田橋処方が登場します。昔、今は亡きM先生が「不登校には四物湯が効きますよ」と教えてくれました。神田橋先生と同時期に気づかれたのかも知れません。粉は飲めないと言う子がいますが、さいわいにも四物湯も桂枝加芍薬湯も錠剤で出しているメーカーがあります。錠剤だと体格に応じて調整することもラクです。もし四物湯でも不安になったらどうするか?やはり飲みやすい甘麦大棗湯でしょう。