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第759回 忙酔敬語 『物語インドの歴史』

 長年、インドを研究してきた堀本武功先生が中央新書で分かりやすくインド史を解説しています。なんせ堀本先生は実際に何度もインドに足を運んで、インド人とのつき合いも深いので、ありきたりの解説書ではなくご自身の体験や印象も含めて述べているので分かりやすい「物語」となっているのです。

 インドは古代からほぼ同じ民族が延々と持続している文明を築きました。同じ民族が文明をつないでいる国として中国があります。中国では本当かどうかは別として詳しい歴史書が引きつがれているのに対して、インド人は歴史を書き残すことに関しては淡白です。また、世界最大の人口を抱えているのに、オリンピックでは目立った活躍をしていません。そして、あっさりとイギリスの植民地にもなりました。どうしてなんだろう?そんな疑問にこの本は答えてくれました。

 中国は多民族国家ですが、漢人が多数派でしかも漢字など濃厚な文化をもっています。

政治の歴史を重要視して詳細な史書を残しました。それに対してインドは突出した民族はなく、しかも自分たちの歴史にも関心が薄いため、インドの歴史は、インドを訪れたギリシャ人やイスラム人による旅行記がよりどころとなっています。言語もバラバラで現在のインド紙幣の表面は公用語のヒンディー語と準公用語の英語、裏面には各州の公用語であるベンガル語やタミル語など15の言語が表記されています。ここまでバラバラならオリンピックに代表団を送り込むのは難しいでしょう。

 インドは数学の聖地としても知られています。「0」の発見はその後の数学の発展に大きく貢献しました。現在のインド人も数字に強く、日本のかけ算は九九が基本ですが、インドの子供たちは20×20までたたき込まれるそうです。それはITの発展にもつながりインドはますます発展しています。数学の世界はカーストと関係がないので人材は底知れずです。私も昔、シンガポールに行ったとき、したたかなインド商人に辟易しました。

 バラバラの古代のインドを統一に導いたのはイスラムです。中東や中央アジア経由でイスラムが侵入して様々な王朝を築きました。なかには奴隷王朝という意味不明の王朝もありました。カーストを大ざっぱに分類すると、上からバラモン(司祭)、クシャアトリア(王族、士族)、ヴァイシャ(商人、農民)、シュードラ(奴隷)、ダリット(不可触民)に分類されます。奴隷といっても我々がイメージするような悲惨な地位ではなく武術などの技能を持った人々も輩出しました。ローマ帝国でも奴隷から皇帝の政治顧問に昇格した人物もいます。現在のインド人も初対面の人のカーストを気します。堀本先生は面倒くさいのでとりあえず「バラモン」と答えたところ、相手は怪訝な顔をしましたがそれ以上追求されることはありませんでした。その後、強大なムガルがインドに侵入しました。

 日本の徳川期に相当する時代、イスラムのムガル帝国が樹立してインドを統一しました。イスラム教徒はヒンドゥー教徒とくらべて人口教がはるかに劣っていたので、ムガル帝国の初期は融和策をとりました。中国王朝は「文」を「武」よりも重んじたため、詳細な史書が残っているのに対してイスラムは「武」が中心なので、三代目のアクバル大帝は読み書きすらできませんでした。ムガル帝国の末期はすっかりタガが緩み、当時の世界帝国イギリスにそのまま乗っ取られてしまいました。ただし英語が統一インドの準公用語となったのは不幸中の幸いでした。ヒンディー語の話せない民族にも受け入れられたからです。