産婦人科関係の学会はいろいろありますが、北日本産婦人科学会は産婦人科医のなかでもダントツに人気があります。学会としての格調を保ちながらも、お互いに気軽に意見を交換できるアットホームな雰囲気があるからです。とくに若い医師が楽しみにしているのは前夜祭です。各大学から様々な余興が披露され、それこそ切磋琢磨して競い合います。産婦人科のサガとして内容は下ネタが多く、あまり公表はできません。その余興のなかで30年以上たっても、「あぁ、あれか‥‥」と思い出されるのが、T大学の「痒い痒い音頭」でした。産婦人科の診療のなかでもカンジダなどによる外陰炎は日常茶飯事です。とにかく痒い。そこでT大学の新進気鋭の医師は「カユーイ、カユーイ!」と頭のてっぺんまで突き上げるような奇声を発しながら、もがき苦しむ踊りを披露しました。大受けでした。存在感のあるヤツは大抵偉くなるもので、後年、国立大学の教授になりました。
外陰炎の原因はいろいろありますが、一番分かりやすいのはやはりカンジダです。カンジダは真菌の一種です。通常どこにでも存在しますが、宿主の抵抗力が衰えたり、カンジダにとって栄養が豊富な状態になると、大発生して外陰部に炎症をもたらしたり、酒粕様(欧米ではカッテージチーズと表現します)の下り物となります。性感染症の一つとしてあつかわれることもありますが、常在菌と言ってもいいので、私はそのような説明はしていません。生まれたての赤ちゃんも鵞口瘡といって口の周りや舌が白くなることがあります。分娩時にお母さんにカンジダの症状があってもなくても発症します。当院に常勤の小児科医がいなかった時代には、抗真菌薬のシロップを飲ませていましたが、今では赤ちゃんが元気なら自然に治るので経過観察としています。
風邪などで抗生物質を長期に服用すると、カンジダを押さえつけていた他の菌が死滅するために、カンジダはむくむくと繁殖します。抗生物質を飲まなくても体力が衰えていればカンジダになります。
妊婦さんは胎盤から分泌されるホルモンの影響で腟内がカンジダにとって栄養源となるグリコーゲンが多くなるため、カンジダ症になりやすくなります。糖尿病の女性もカンジダ症をくり返します。あまりにも頻繁にカンジダ症をくり返すので、調べてみたら糖尿病だったという例もありました。
治療は抗真菌薬の腟錠と軟膏を処方します。最近はジフルカンという抗真菌薬150mgを1回飲むだけでという治療法も認可されましたが、原則として妊婦さんには使えません。
カンジダだけでここまで来てしまいましたが、昔はトリコモナスという原虫による炎症も双璧をなしていました。これは性感染症と言ってもいいのですが、さて、いつ移されたかというとはっきりしない例もあります。十年以上も前にご主人と死に別れた高齢の患者さんの下り物からトリコモナスを見つけたことがありました。なぜだか分かりませんがトリコモナスは最近めったに見かけなくなりました。ある基幹病院の先生に訊いてもこの十年以上見たことがないと言っていました。まさに絶滅危惧種ですが、当院ではたまにお目にかかります。顕微鏡で観察すると原虫がピョコピョコと動いているので学生や研修医にはとても喜ばれます。顕微鏡で鏡検しなくても独特の下り物と臭いで見当がつきます。腟錠か内服薬で簡単に治りますが、彼氏がいれば彼氏も内服薬が必要です。
第244回 忙酔敬語 カンジダとトリコモナス