佐野理事長ブログ カーブ

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第733回 忙酔敬語 つわりと漢方

 藤平建先生は漢方の大家です。多くの著作があり、また大勢のお弟子さんを育てられました。ご講演もほとんどアカペラで生き生きと、まるで目の前の出来事のように語られていました。40年も昔、そんなエライ先生に私は褒められました。

 旭川での東洋医学会北海道支部会で、私は「つわりに対する漢方治療」という演題で発表をしました。小半夏加茯苓湯、半夏瀉心湯、半夏厚朴湯、小柴胡湯、呉茱萸湯といった五つの処方で著効を得た経験を語りました。

 講演会後の懇親会で藤平先生は「つわりで発表された先生はどなたでしたか?」とあたりを見回しました。私が手を上げると「5種類の漢方を使い分けていて、しかもそれぞれ正鵠を射ている、すばらしいご発表でした」と言われました。

 正鵠を射る、とは藤平先生の好きな言葉で、処方がピタリと真ん中に当たったということです。まあ、ピッタリと当たった症例をチョイスしただけなので、藤平先生の買いかぶりではないか恐縮しました。

 しかし、最近、あらてめて藤平先生のご著書を読むとそれほど買いかぶりではなかったんだな、と思いました。藤平先生はもともと眼科の先生です。漢方は診療科のわくを越えて使えるので、産科医に依頼されてつわりの薬を処方することもありました。使った薬はおもに小半夏加茯苓湯と乾姜人参半夏丸です。ほとんど小半夏加茯苓湯で対応されていましたが、体力がすっかり衰えてしまった患者さんには乾姜人参半夏丸を処方していました。最後の切り札みたいに効くとのことですがエキス剤にはないので、お向かいの薬局にお願いして丸薬を作ってもらいました。残念ながら期待したほどの効果はありませんでした。

 私の処方した5つの処方のうち、小柴胡湯や呉茱萸湯は適応に「つわり」の記載はなく藤平先生もビックリしたのかもしれません。小柴胡湯の患者さんは熱感があり胸が苦しく口が苦いと言うのでピンとしました。呉茱萸湯の患者さんは逆に冷え症で食事が摂れないため1ヵ月近く入院して点滴を受けていました。頭痛もするというので呉茱萸湯を処方したところ、苦い薬なのに呑んでくれて、1日目で体が温まり、2日目で頭痛がなくなり、3日目で食事が摂れるようになり、4日目で退院しました。

 つわりは人によって症状が違います。「気合いがたりない!」と理解のない時代がありました。第2次大戦中の日本がそうでした。昔、戦前から働いていた高齢の助産師さんに訊いてみたら「つわりだなんて言える雰囲気なんてありませんでした」。イヤですね。

 半夏瀉心湯はみずおちがつかえてお腹がゴロゴロして下痢の傾向のある吐き気に効きます。半夏厚朴湯は喉に何か詰まった感じがしてテンションが下がった吐き気に効きます。

 問題は小半夏加茯苓湯です。半夏、生姜、茯苓の3つの生薬で構成されています。半夏と生姜は吐き気に効きます。茯苓は胃腸の水分を調整して気分をスッキリさせる作用がありますが吐き気に対する効果はありません。漢方薬は様々な生薬から構成されていますが必要な生薬だけにしぼった方が切れ味を発揮します。そうした観点からすると茯苓はジャマしている可能性があります。もともと半夏と生姜の2つで構成された小半夏湯という処方があります。エキス剤にはありませんが、煎じ薬を使っていた藤平先生には処方できたはずです。この点に気づいてくださったら藤平先生の患者さんはもっと早くに回復したのではないかと思いました。