佐野理事長ブログ カーブ

Close

第732回 忙酔敬語 安楽死

 看護学校へ講義をしに行くときの楽しみは「生命倫理」の講義を聴講することです。担当は新進気鋭の哲学者・猪ノ原次郎先生。私のユルイ講義と違って時間どおりきっちり行われています。一昨年から参加し、昨年は2度目の聴講でした。月曜日は私はフリーなので聴講できますが、木曜日の講義は外来があるので残念ながら参加できません。それでも昨年は、はじめの講義と最終講義を聴くことができたので全体像は何となく把握できました。猪之原先生は北大図書館などで多くの文献を読んで講義の準備をしています。昨年の内容は一昨年とほとんど同じですが、微妙に修正していて、気のせいか居眠りする学生は少なくなりました。

 癌の告知を含む「説明と同意」、「終末期医療」、「安楽死」などについて一方的な見解を示すのではなく、賛成意見と反対意見など様々な意見を紹介してくれます。こういうのが哲学的な考察なんだなあ、と私はあらためて感心しました。

 一昨年と昨年、二年続けて安楽死事件として有名な東海大付属病院で起こったカリウム静注事件を提示しました。

 「先生、あれはダメだよ。カリウムは殺人です。僕だったらもっとマシな方法をとりますよ」

 「でも、本人もご家族も希望しているんですよ」

 猪之原先生の本音がチラッとかいま見られました。

 「カリウムなんて静注したら絶対にちくるスタッフがあらわれます。誰でも納得できる方法がありますよ」

 私が産婦人科に入局したとき、婦人科癌の患者さんが大勢いるチームに配属されました。当時は緩和医療という言葉さえありませんでした。癌性疼痛で苦しむ患者さんは哀れでした。患者さんが末期の状態になると、先輩の先生は「あとは佐野にまかせるぞ」と言ってくれました。いい加減なのか信頼してくれたのかハッキリしませんでしたが私は張りきりました。人は誰でも死ぬ、それをサポートするのが医の根源ではないか・・?

 まず、痛みを取るために麻薬の量をどんどん増やしました。詰め所のスタッフは「そんなに使っていいんですか?」と心配しましたが上司に訴える人はいませんでした。それでも苦痛を訴えれば点滴内に精神安定薬を加えました。北大医学部にいる友人に話したら「それって静脈麻酔だぞ」と呆れていました。

 とにかく苦痛は何とか緩和できました。しかし、ある日のこと、その若い患者さんは「お父さんに言いたいことがあるのに思い出せない。悔しいわ」と言いました。今、思えばこんなときに使える薬がありました。リタリンという覚醒剤的な抗うつ薬です。今は依存性が高いので精神科でも一部の医師しか使えなくなりました。でも当時は使えました。

 オランダは世界に先がけて安楽死を合法化した国です。最近は約一万人の人が安楽死で亡くなっています。「コーヒー事件」といって安楽死を希望する書類を書いた後に認知症になり、そこでコーヒーに睡眠薬を入れて寝ている間に安楽死させようとしたところ、患者さんが暴れたためみんなで押さえ込んで死なせた事件がありました。さすがに検察が事件性ありと訴えましたが最高裁までいって無罪になりました。寒々とした事件です。私は「死にたい」と思う背景には「うつ」など治療すべき疾患があると考えています。