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第717回 忙酔敬語 『鳥類学者の半分は、鳥類学でできてない』

 軽薄な文章で知られる川上和人先生の最新作です。題名に惹かれるものがなかったため、購入したのは発刊から数か月もたっていました。読んでみたら期待以上に良かった。題名の意味することも、オレだから分かるんだよなあ、と思いました。

 川上先生はすでに五十代です。大学にいれば教授の年齢です。研究だけではなく学会でのお仕事をしなければなりません。日本鳥類学会の人数は1200人くらいです。有名で高名な川上先生は当然、学会の重鎮です。まず評議員、学術講演会が開催されればその事務局の会計幹事、懇親会の担当役員、企画委員、それにシンポジウムの運営。一番なりたくなかった基金運営委員長にもなってしまいました。そしていまや筆頭理事です。

 私も日本東洋医学会の理事と北海道支部の支部長を務めているので、その大変さは実感しています。多くの大学教授は自分の研究よりも研究以外の仕事でおわれています。研究に専念したいと、教授の座を蹴って准教授のままでいた薬学部の先生も知っています。

 さて、この本でも相変わらずマニアックな映画が登場しています。きわめつきは『スターシップ・トゥルーパーズ』。節足動物型の大型エイリアンと地球人の壮絶な戦いです。この映画が公開されたのは1997年です。アントニオ・デカプリオ主演『タイタニック』と同時でした。当時、私は冬休みで家内の実家の福岡にいて、半日間、自由の身でした。こみこみの『タイタニック』には見向きもしないで、となりで上映しているがらがらの『スターシップ・トゥルーパーズ』を観ました。残虐かつヘンテコな映画でしたが、私にとっては人生で5本の指に入る映画でした。36歳になる阿部先生に「この映画、知ってる?」と聞きましたが、当時小学生になったばかりの阿部先生は知るよしもありませんでした。ついでに磯山響子先生にも聞いてみたら「この間、長男とDVDで観ました。面白かったですよ。息子はホラーやSFものが大好きなんです」とのこと。そうか、オレと趣味を同じくする人間が札幌でもあと2人はいるんだ!と嬉しくなりました。

 話がそれました。川上先生の本は冗談が半分以上ですが、学問に関わる部分はドキッとするくらい確かなものがあります。海鳥のなかでもとくに移動距離の長いアナドリのDNAを広範囲にわたって調査したところ、小笠原のアナドリとハワイのアナドリでは予想以上の違いが見られたが、ハワイと大西洋では大きな違いはありません。原因は小笠原とハワイの間の海域が植物プランクトンがほとんどなく貧栄養であることでした。

 〈そこから浮かび上がるのはこんな悲恋の物語だ。幼馴染みのアナドリ子さんとアナドリ彦さんは、家庭の事情でそれぞれ日本とハワイに住むこととなった。日本のアナドリ子さんは繁殖が終わると食物の多い南西に移動する。一方でハワイのアナドリ彦さんは同じ理由で南東に移動する。このため、両者は近くにいるのに出会えずじまいだ。ある日、南東に進んだアナドリ彦さんは豊富な食物に誘われて禁断のパナマ地峡を飛び越え、大西洋で新生活を初めてしまう。そして二人は二度と出会うことはなかった〉

 川上先生は一般向けの文章を書くのが大好きです。したがって鳥類学の魅力を世間の人たちに知らしめる役を担っていると言えます。その成果は前作の『鳥類学は、あなたのお役に立てますか?』に結集しています。鳥類学は、一般の人たちとって何をやってんだろう?と思われるかもしれませんが、学問というのはそんな目端の問題でなく、真理を探る一端です。鳥類学にはそんなロマンが満ちあふれているのです。