佐野理事長ブログ カーブ

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第715回 忙酔敬語 『新版こどものためのドラッグ大全』

 何年か前、イギリスの医学雑誌ランセットにドラッグの中で一番ヤバイのは、ヘロインよりもアルコールだと記載されていたので、それを確かめるべく『新版こどものためのドラッグ大全』を買いもとめました。感想はガッカリでした。

 ただ、数あるドラッグの紹介とそれがどのようにヤバイのかを羅列しただけという印象でした。まあ、心がこもっていないのです。

 その点、数年前に読んだ中村和男さんの『ゴミと呼ばれて』は覚醒剤に的をしぼった体験記ですが、覚醒剤のため刑務所を出入りした人生を語って熱がこもっていました。最後は入院した病院の看護師さんがやさしい人で、中村さんが本当は人柄の良いことを知ってくれて結婚となりハッピーエンドという結末でした。覚醒剤に一度でも手を出すと、それから抜け出るのがいかに困難であるか、ということを魂を込めて書いていました。本当にそうかな?とちょっと疑問を抱きましたが、とにかく魂がこもっていました。

 作家の野坂昭如さんもアルコールに溺れた人生を送りました。代表作『火垂るの墓』はアニメとなって、戦争体験を忘れないように毎年のように夏になると放映されています。アニメは原作とちょっぴり異なる部分がありますが、とにかくホタルでいっぱいのシーンが圧巻です。野坂さんは原作のあとがきに「僕はあんなにやさしくはなかった」と書いていますが、そこにかえって心の傷と繊細さが垣間見られました。

 当院のスタッフに野坂さんの話をすると、みんな「あの大島渚監督を殴った人ですね」と口をそろえたように言います。物騒な人というイメージが強いようです。あの童謡『おもちゃのチャッチャッタ』の作詞家だと言うと、これは意外だとばかりビックリします。実は私もビックリしました。

 昔、お酒を称えるような文集の本が出版されました。いろいろな作家さんたちがお酒にまつわる体験をおもしろおかしく書いていました。そしてトリが野坂さんでした。それまでのエピソードとはうって変わって、「十代に酒に手を出さないでくれ!」と血を吐くような文章を書いていました。野坂さんはちょうどそのころサントリーのCMに出演して唄を歌っていました。「ソ、ソ、ソークラテスかプラトンか、ニ、ニ、ニーチェかサルトルか、みーんな悩んで大きくなった」。そこで文章には「あんなCMに出てこんなことを言えた義理ではないが・・・・」と断っていました。そしてこの文集の発刊後はCMには出演しなくなりました。

 中島らもさんもアルコール依存でした。いっときは立ち直ってその体験を『今夜、すべてのバーで』という小説にしています。その後、『アマニタ・パンセリナ』というドラッグに関する短編集を出しました。これは面白いですよ。咳止めシロップ(コデイン)がやめられなくて自殺した高校生について「かわいそうだがバカな子だ。やめられなければ続ければいいのに」と述べています。らもさん自身はアルコールを続けたため結局は身を滅ぼしました。

 依存症になる人にはパターンがあるような気がします。一度はじめたらやめられなくなるのです。DVするパートナーとズルズルと関係を続けたりします。コデインの入った咳止めを処方したところ、「あの薬を呑むと何だか気分が良くなります。またお願いします」と言いましたが、さすがに処方はしませんでした。いち早く断ち切るのがコツです。