佐野理事長ブログ カーブ

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第656回 忙酔敬語 産後うつ病の治療薬

 日本産婦人科医会から産後うつ病の新薬ズラノロンのお知らせがありました。アメリカではちょうど1年前に認可されたそうです。日本周産期メンタルヘルス学会の産後うつの推奨薬はSSRIとSNRIです。産科医でこれらの薬を使ったことのある医師は少ないと思います。どちらも現場を知らない精神科医が奨励したとすぐに分かりました。

 SSRIとSNRIは大量服薬しても大事に至らない安全な薬です。そのため従来の三環系や四環系の抗うつ薬にとって代わったのですが、なんせ切れ味が悪い。とくにSSRIは飲みはじめに吐き気がする。それに効いてくるまで1、2週間はかかります。その間、泣いている赤ちゃんの前で、お母さんも途方にくれて泣き続けることになります。

 その点、ズラノロンは1日2回の服薬を2週間服用すればよいとのことです。日本でも塩野義製薬が臨床試験を行っているので、いずれ使える日もくるでしょう。

 しかしながらもっと便利な薬があります。スルピリドです。胃薬としても使えるので吐き気はありません。それにすぐ効きます。泣いていたお母さんが3時間後には笑顔を見せることもあります。さらには値段が安い。そして母乳促進作用がある。

 昔、市立室蘭総合病院に半年間出張で行っていたとき、副院長兼産婦人科部長の小國親久先生は母乳促進派だったため産後薬として、ほぼ全員のお母さんにスルピリドを1日3回、7日分処方していました。今考えても、当時の半年間で産後に泣いているお母さんはいませんでした。いや、1人いたぞ。お母さんがお産で家を留守にしていたら、何もできない夫が酔っ払って病院に怒鳴り込んできたことがありました。柔道二段で腕に覚えのある私が対応しようとしましたが、槇本先輩が「佐野ちゃん、ここは警察にまかせた方が賢明だよ」と110番手配したところ、5分もしないで警棒をたずさえたおまわりさんが2人来て、夫はご用となりました。その間、お母さんは情けなそうに泣いていました。

 ネットでスルピリドを調べるとロクなことしか書かれていません。まず、北米では使用されていない。女性が服用すると乳汁が出て無月経になる。精神的に落ち着かなくなりジッと坐っていられなくなることがある(アカシジア)。食欲が出てきて太る。

 しかしながら以上の点に気をつければ産後の女性にはうってつけです。注意しなければならないのはアカシジアくらいなものでしょう。ただし、授乳ができない事情のあるお母さんには不向きです。そこで当院ではリフレックスという四環系抗うつ薬を発展させた抗うつ薬も常備しています。

 リフレックスは夜1回の服用だけでOKです。服用したその日からよく眠れるようになります。リフレックスが発売された当時、うつ病の治療はこれで完成しました、とまで言う製薬会社のMRがいましたが、半年後に食欲が増進して肥満者が続出したためちょっとヤバイぞ、ということになりました。しかし、産後うつは延々と続くわけではないのでそれほど心配しなくてよいでしょう。

 以上、産後うつの薬について述べましたが、一番大切なのは褥婦さんをお世話したり育児指導するスタッフの目線です。

 「先生、○○さんが泣いています」

 「△△さんは前回のお産でブルーになったので今から何とかしてください」  もともとメンタルの病気を持っていなければ、ほとんど何とかなっています。