佐野理事長ブログ カーブ

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第640回 忙酔敬語 人生のスタート

 4月は年度がわりで新しい環境での生活が始まりました。2、3歳のおチビさんを見ると、つい「保育園には機嫌良く行けてますか?」と訊いてしまいます。

 「はい、喜んで行っています」

 「それはよかったですね。別にイヤなら行かなくたっていいんですが、とりあえず人生のスタートでつまずかないのは、いいことですよ」

 この年代の子はふつう、医者の近くに行くと警戒しますが、なかにはニコニコしてすり寄ってくる子もいます。

 「ひょっとしてこの子、ワクチンを厭がらないんじゃないですか?」

 「そうなんです。どうして分かるんですか?」

 「私に平気で近づいてくるから分かります」

 「三つ子の魂百まで」と言われてきましたが、チビちゃんたちを見ているともっともっと早い段階で、お腹にいるときからある程度性格ができあがっているのではないかと確信するようになりました。あるいは受精卵になったときからかもしれません。

 予定日近くになって突然逆子になったため、緊急帝王切開をしたお母さんがいました。3番目の子で、もうすぐラクに普通分娩をするはずでした。

 「この子は上の子たちより思いっきり動いていませんでしたか?」

 「そうなんです。痛いくらい蹴られました」

 「多分、これからも動き回るようになりますよ」

 つい、よけいなことを言いました。動きすぎた男については後で述べます。

 私の孫娘は生まれつき警戒心の強い子でした。私の顔を見て泣かなくなるまで2時間かかりました。まだハイハイの時期に、段ボールの奥にお気に入りの人形を入れて罠を作りました。中に入り込んだら段ボールを閉じて驚かそうとしたのです。われながらロクでもないジイさんです。ハイハイして段ボールに近づいた孫娘は入り口でピタリと止まり、それ以上進もうとはしませんでした。それから5年後、クリスマスのときに「サンタさんが来たら好いね」と話しかけられたとき、「知らないオジさんが部屋に入ってくるのはイヤ!」と言ったそうです。ズバリ「0歳の魂5まで」です。これからも知らない人について行くようなことはことはないでしょう。ジイさんとしては安心な子です。

 定まらない人生の代表格は北欧の作家イプセンの書いた『ペール・ギュント』です。子供の頃から母親のオーゼに心配をかける乱暴者で、心優しい女性と結婚しても妻を置いて放浪の旅に出かけ、大金持ちになったり、すっからかんになったり、魔女にそそのかされたり、散々な目にあって、最後は故郷で年老いた妻の膝で亡くなるという、まことに身勝手で、男としては羨ましい?一生でした。私がこれを読んだのは中学生のときで、解説にはイプセンは北欧の男を見事に表現していると書いてありました。今では北欧の男性はひかえめなジェントルマンといったイメージですが、中世ではノルマン(バイキング)が、近世ではスウェーデン王ダスタフ・アドルフが30年戦争で大暴れしました。

 息子さんが、行方をくらませたり、現れたと思ったら大ケガをしてたりで、心配が絶えない外来患者さんがいます。「そいつはペールですね、いいヤツですよ」と言って、イプセンの話をしたら「他にもそんな人がいるんですね」と妙に納得されたようでした。