『増えるものたちの進化生物学』を書かれた市橋伯一先生は楽観的な考え方を貫いています。ひと頃、人類は1万年前に農業を発見してから格差社会が生まれて不幸になった、と言われるようになったのに、専門職が現れたため他者との共感が生じ、「やさしくなければ生きていけなくなった」と主張しています。
その「やさしさ」は進化し、加速して、「共感の対象は哺乳類に拡張されていく」、さらには「昆虫や甲殻類や植物への共感」が生まれます。このように「やさしさ」はどこまでも広がり、いずれ人類は他の生物を食べなくなるであろう、と述べています。
〈現在のバイオテクノロジーを使うと、原理的には生物を使わなくてもタンパク質などの栄養を作ることができます。そうなれば人間はもうほかの生物の命を奪わなくても生きていけるようになります。「やさしい」人間としての理想的な生き方ができるようになるかもしれません〉
もう、食糧資源について心配することはなくなります。二酸化炭素、地球温暖化も解決です。去年、この本を読んだとき本当かなあ?と正直思いました。
ところが、今年の朝日新聞に「お肉すくすく培養液の中で」という記事が載っていました。〈・・・・。シンガポール食品庁は20年、鶏の培養肉の販売を承認。同国のレストランでは鶏の羽根由来の細胞を培養して作ったナゲットを提供している。・・・・。医療用のミニ臓器を研究の第一人者でもある東京大の竹内昌治教授は、増やした牛の細胞で筋肉の組織をつくる研究に取り組む。現在は数センチ角の肉をつくるのが限界だが、実現すればリアルな食感が感じられる培養肉の「ステーキ」ができるという〉。
市橋先生の研究はさらに進んで、食料の原料は「羽根」や「牛の細胞」といった生物ではありません。それもあと10数年で実現可能と述べています。
世界が「やさしさ」を目指しているのは確かなようです。韓国の国会は1月9日、犬を食用として飼育や販売することを禁止する特別法案を賛成多数で可決しました。韓国伝統「犬肉食」文化は昔から知られていましたが、ソウルオリンピック以来、ヒッソリと続けられるようになりました。B級グルメの大家である東海林さだお先生は、「大きな声で言えないけど美味しかった・・・」とすまなそうに「丸かじり」シリーズに書いていました。 昔、家内とソウルを旅行したとき、にぎやかな市場の片隅にヒッソリとしたお肉屋さんがありました。そのさらに片隅に鶏のもも肉よりは大きく、羊のもも肉よりは小さい、色が濃く味も濃そうなもも肉が売られていました。家内が「何の肉か?」と訊くのですぐピンときて「犬だろう」と答えました。外国人にはヒッソリですが、綿々と食犬文化は続いているんだな、と実感しました。日本人だって他国のことを言えた義理ではありません。クジラを食べるのは世界から見れば野蛮なんですね。私はクジラはOKですが、さすがに「イルカはかわいそうだ」と言ったら、助産師Nさんは「静岡では当たり前に食べていますよ」とシレッとして言いました。20世紀の初頭、アメリカで悪名高い「禁酒法」が成立しましたが、あっさりと撤回されました。いくら「やさしさ」が進んでも、これからも犬やイルカに手を出す輩がいなくなることはないような気がします。
市橋先生は、「もし興味があればどしどし受験して一緒に研究しましょう」って言っていますが、何せ東大だからなあ・・・。「どしどし」は無理でしょう。