小柄なお母さんのお産が進まなく帝王切開となりました。赤ちゃんは3500gぐらいでなかなかの大きさでした。江戸時代の記録によるとお産がらみで亡くなった産婦さんの4分の1が分娩停止によるものでした。今みたいに帝王切開ができれば助かったのに気の毒なことです。その点、日本犬は5、6匹の子犬を1時間くらいで産んでしまうので、安産の守り神とされました。昔ほどではありませんが今でも妊娠5ヵ月の戌(イヌ)の日に腹帯を巻く妊婦さんがいます。
10年ほど前、初妊婦さんに「今度の戌の日はいつですか?」と訊かれ、そばにいた助産師Sさんに調べてもらったところ、5、6分後に「残念ですけど2か月後になります」と言われ、腹を抱えて笑ったことがあります。戌の日は12ある干支の1つなので12日毎に来るはずです。どこを調べたんでしょうね。さすがにSさんは顔を赤らめました。
日本犬は確かに安産ですが、西洋犬となると事情が違ってきます。大型犬は日本犬と同じく安産ですが、小型犬、特に頭の大きなブルドッグでは帝王切開率が50%近くだそうです。自然をいじくり回すのは罪なことです。
子供向けの犬についての解説本を読んだことがあります。「オスのセントバーナードとメスのチワワをかけ合わせるとどうなるんでしょうか?」という素朴でもっともな質問に対して、著者は「子供はそんなことを考えてはイケマセン」と回答していました。著者の見識に限界を感じてそれ以上読むのはやめました。
妊婦健診にはいろいろな職業の方が受診されます。なかには獣医さんもいます。
「犬の帝王切開のときは何日入院するんですか?」
「日帰りです」
そうだろうなあ。犬に点滴しても嫌がってすぐに口で抜いてしまうだろうなあ。だいたい日本の産科関係の入院期間は世界でトップです。アメリカで帝王切開を受けると翌日退院です。逆子のためアメリカで帝王切開を受けた産婦人科医の先生に、「さぞかし痛かったでしょうね」と訊いたら、「そうでもなかったですよ。生理痛みたいなもんでした」と涼しげに答えました。これは訊く相手が悪かった。この先生は女傑で有名な人でした。ご主人がイギリス人で元当院のスタッフは、やはり痛かったと顔をしかめていました。
札幌医大の公衆衛生学教室で統計学をしていた女性の先生がドイツでお産をしたというので、ドイツの分娩事情について講演して頂いたことがあります。この先生は小柄な人で赤ちゃんも小柄でふつう分娩でした。同時期に産まれた赤ちゃんたちと一緒に撮ったスライドを見たら、赤ちゃんはモンスターベビーに囲まれたような感じでした。犬と同じように人間の赤ちゃんも人種によって大きさが違います。ですから世界的な規模で販売されているエコーは、国に合わせて正常値が設定できるように切りかえ装置がついています。
北欧人と結婚して妊娠した小柄な女性が受診しました。何でも一目惚れされて世界のはてまで(スリランカ)追いつめられて結婚してしまったとのこと。ご主人は上背はありましたが、シャイで押しの強そうな感じではありませんでした。しかしながらはやりお腹の子は大きくて帝王切開となりました。まさにセントバーナードとチワワの関係でした。
北欧の分娩施設は集約的で安全ということですが、遠方からの妊婦さんも多く、病院の廊下で産まれてしまうケースもあるので、より安全な当院でのお産となりました。