女性の定めなのかどうかは人それぞれですが、生理にまつわる問題は昔から論議されてきました。今世紀に入ってからは月経痛は鎮痛薬で何とかなるケースが増えてきたため、生理前に生じる月経前症候群(PMS)や月経前不快気分障害(PMDD)がクローズアップされるようになりました。
PMSは頭痛やむくみ、めまい、乳房緊満感などの身体的な症状で、PMDDはイライラ、落ち込みなどの精神的な症状です。原因は妊娠の準備のために卵胞ホルモンや黄体ホルモンが増加することによって引き起こされる自然現象ですが、女性が快適に生きていく以上のホルモンが分泌されるので、まさにありがた迷惑な現象です。成熟記の女性の10人に1人は仕事に支障をきたすため経済的な損失もバカにならないと言われています。
現在のところ、低用量ピルが処方されることが多いようですが、ピル(色々あります)によっては効果が微妙に異なり、おすすめはありますが誰にでも同じように効くというワケではありません。また、ピルは毎日定期的に服用しなければならず、「生理前の数日のためだけに飲み続けなきゃいけないの?」とモチベーションが持てない女性もいます。
そのようなときに漢方薬が威力を発揮します。しかし、ピル以上に使われる薬は多彩です。9月3日に鹿児島で産婦人科漢方研修会が開催され、日本産科婦人科学会女性ヘルスケア委員会の調査が報告されましたが、やれやれ皆さん苦労されているんだなあ、という印象でした。治療薬はピルを筆頭に当帰芍薬散、桂枝茯苓丸、加味逍遥散、抑肝散、四物湯、向精神薬など思いつく治療法がゾロゾロと紹介されました。当然ながらこれという決定打はなし。PMS・PMDDの治療はまさにアートだと再認識しました。
女性ヘルスケア委員会の調査の対象は1312人でしたが、私も同じ会場でPMSの一例報告をしました。使用した漢方薬は木防已湯で、先ほどの調査には名前すら記載されていないレアな処方でした。
患者さんは48歳の方で、生理の前になるとむくみと喘息で苦しんでいました。生理が始まると不思議とつらい喘息は治まります。内科で検査しても異常はありません。この歳だとピルは血栓症のリスクのため使えません。安全な黄体ホルモンを処方しましたが、むくみがひどくなるだけで患者さんはまた内科を受診しました。やはり異常はなく、漢方薬で何とかならないかと懲りずに私の外来に来てくれました。ちょうどその頃、咳とむくみのある妊婦さんに木防已湯を処方して手応えを感じていたので、さっそく験してみました。木防已湯は息苦しさと全身の浮腫を生じる心不全の薬として知られています。産科領域のレアではありますが、周産期心筋症という病気があります。いくらレアとはいっても40年以上も妊産婦さんを診ていると4、5例ほどお目にかかったことがあります。全身のむくみのため肺に水が貯まり起き上がっていられないほど息苦しくなるというヤバイ病気です。こんな状態になる前に咳とむくみの段階で木防已湯を処方したところ、けっこう効果がありました。防已、石膏、桂皮、人参と4つの生薬から構成されています。どれも危険性の少ない生薬ですが、木防已湯は心不全の薬とされてきたので使われることは稀です。
例の患者さんは、7日間の処方で「いままでこんなに効いた薬はありません!」と大層喜んでくれました。私の経験でもPMSに木防已湯を処方したのはこの人だけ。でも知っておいて損はないと思い発表しました。会場はとても参考になったという雰囲気でした。