オリンピックのせいでしょうか、産婦人科学会のあいだでは女性アスリートの話題で盛り上がっています。今、私の手元に3冊の雑誌があります。『日本産婦人科学会誌・第67巻3号』の特集「女性アスリート」、『産科と婦人科・第82巻3号』の特集「女性アスリートを診る─産婦人科的問題とその対策」、『最新女性医療・Vol.2No.1』の「女性アスリートにおける低用量ピル/LEP製剤使用の現状」。
こんな特集を組まれなくても産婦人科医としてのサガで、女性のアスリートが思わぬ失敗をしたとき、「ひょっとして生理とぶつかってしまったんじゃないだろうか? あるいは、生理前で調子が悪かったんじゃなかろうか?」と考えてしまいます。
先日、トップアスリートの女性にお話をうかがう機会があったので率直に訊いてみました。やはり、生理痛の時は鎮痛薬のせいで体がだるくなるし、生理前の練習は今一つ力が入らないと教えてくれました。外国人アスリートのほとんどは低用量ピルを飲んでいるのでそのようなことは少ないそうです。ピルはドーピングにはひっかからないので競技にさしつかえありません。頭ではそうと分かっているのに神経質になっているようです。柔道の女子選手がかぜ薬でドーピングにひっかかったことも我が身のように心配していました。どんなかぜ薬を使ったかどうかは分かりませんが、葛根湯に含まれている麻黄という生薬にはエフェドリンという興奮作用のある物質が入っているので、葛根湯もドーピングの対象になっています。どうも日本のスポーツ界では選手とコーチと医師の連携がうまく機能していないようです。
女性アスリートは大変だなとモロに実感したのは、まだロシアがソ連と称していた頃でした。NHKで女子マラソンの実況中継をしていました。当時、女子マラソン界は共産圏の全盛期でした。走行中に太ももがつってもゼッケンに止めてあったピンを引き抜いて走りながら自ら鍼治療をして準優勝したモンスターのようなソ連の選手もいました。さて、放映中の東ドイツの選手はぶっちぎりでトップを走っていました。ところが中盤戦に入ってからはその選手の上半身しか写らなくなりました。翌日の新聞で、この選手、生理が始まったため下半身が血まみれになったと知りました。現在では考えられないことです。
薬物が競技の成績に影響をあたえることを目の当たりに知ったのは20年ほど前に北見赤十字病院に勤務していたときのこと。まだ高校生だというのに子宮内膜症になった子がいました。手術後、再発予防にボンゾールという薬を飲ませました。数か月後、筋肉がたくましくなって校内マラソン大会で一等賞になったと喜んでいました。この薬は男性ホルモンの作用がありドーピングの対象となっています。しかし、こんなに効くとは思ってもみなかったのでビックリでした。まあ、校内大会だからそれ自体どうってことはないのですが、その後、血液検査で肝機能に影響が出てきて中止しました。効く薬は危険です。
最近、女性アスリートに月経前気分不快障害が多発していることが知られてきました。2年前の学会でも若い研究者がその実態を発表していました。すると中堅の医師が「確か月経前症候群にはスポーツが有効と言われているのに矛盾していないか?」と意地悪な質問をしました。演者は困ったように立ち往生。そこでオッサンの私が「命をかけたアスリートと健康のためのスポーツは別物です」と助け船を出しました。
ちなみに低用量ピルは月経前症候群あるいは月経前気分不快障害の特効薬の一つです。
第167回 忙酔敬語 女性アスリートへの支援