佐野理事長ブログ カーブ

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 第587回 忙酔敬語 四物湯

 四物湯は女性の聖薬と言われています。女性のための漢方薬としては当帰芍薬散、桂枝茯苓丸、加味逍遥散の3つが有名で、四物湯は日陰者みたいですが、どうしてどうして、なかなかの実力者です。漢方で言うところの「血虚」に対する基本的な薬です。

 「血虚」とは貧血と理解されがちですが、そうではありません。現代医学的に説明すると、栄養が体のすみずみまで行きわたらなく、組織が壊れかけた状態と理解すべきでしょう。卵巣が壊れかけると月経不順や不妊症になります。

 「血虚」に対しては当帰芍薬散も代表格ですが、その構成生薬を見ると、「血」を補うのは当帰、芍薬と川芎です。川芎は「血虚」に対するよりも血液の流れを改善する作用と鎮痛作用が主です。あとは沢瀉、朮、茯苓と体にたまったよけいな水分をさばく生薬から構成されているので、むくみがちで、冷えて、下腹部が痛いという女性に向いています。妊婦さんはホルモンの影響でむくむ傾向があり、当帰芍薬散タイプが多く見られます。

 四物湯は、当帰、芍薬、川芎までは当帰芍薬散と同じですが、水分をさばく生薬は含まれず、かわりに地黄という実力者がドンと入って、4つの生薬から構成されているので四物湯なのです。この地黄は「血虚」に対する作用が抜群で、さらに渇いた組織をうるおします。ですから水分の面から考えると当帰芍薬散とは真逆です。

 昨年、ある製薬会社の依頼で四物湯の効果を調査しました。テーマは不妊症や月経不順に対して漢方がどう対応できるか?ということで今年の2月28日に講演会をしました。製薬会社のねらいは、どうも当帰芍薬散のようでしたが、私の経験では四物湯の方が威力を発揮しそうなので、四物湯にしぼって調査しました。昨年の1月から11月まで、37症例をピックアップしました。もちろん誰でもいいというワケではありません。当帰芍薬散のポッチャリタイプではなく、もっと潤してあげたいな、という症例にしぼりました。

 不妊症は10例、月経不順は27例でした。途中で来院しなくなった患者さんが9名いたので、結果がはっきりと分かったのは28名でした。

 不妊症の患者さんは10例とも妊娠した経験のある方でした。赤ちゃんは欲しいけど不妊症専門クリニックでコアな治療を受けるのもちょっと引けるな、という人たちです。この10例中、5人が妊娠しました。ちょっと自慢したくなるような数字です。ただし、残念ながら2例が流産しました。

 地黄は壊れた組織を修復します。卵巣がどう壊れているかは実際に目で見ることはできませんが、帝王切開後の傷の状態がグジュグジュして今一つという患者さんに地黄が含まれている十全大補湯や人参養栄湯を処方すると3、4日で傷はキレイになります。

 このように地黄は実力者ですが、胃にもたれるという副作用があります。昨年の調査でも胃もたれのため2例がドロップアウトして温経湯に変更しました。温経湯は月経不順や不妊症にも応用できる漢方として四物湯よりも婦人科の世界では有名です。調査後、地黄の実力に惚れ込んだ私は、温経湯ではなく芎帰調血飲にすれば良かったと反省しました。

 芎帰調血飲は産後の体力回復のために工夫された薬で、地黄のほかに胃腸の状態を改善する生薬などが含まれて、いたれりつくせりなので、この薬で胃がもたれたという症例は経験したことはありません。

 今後は壊れた患者さんに対して四物湯と芎帰調血飲で勝負したいともくろんでいます。