佐野理事長ブログ カーブ

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第151回 忙酔敬語 抗不安薬の怪 

メンドンってご存じですか? 私が医師になったばかりのころ、「眠気が少ない安定剤」という売りで発売されました。昔のことなのでアヤシゲな記憶ですが、「車の運転も大丈夫!」がキャッチフレーズでした。新しもん好きだった私はすぐに飛びついて、大学病院産婦人科心身症外来の患者さんにさかんに処方しました。確かに従来のセルシン(ホリゾンも同じ)よりも眠気は少なく、患者さんに好評でした。しかし、ほとんど同時に発売されたリーゼの方が有名になり、現在ではほとんど忘れられた薬となりました。製薬会社の営業力のせいでしょうかねえ。
リーゼの作用は抗不安薬の中では弱めなため眠気はメンドンなみに少ないのですが、短時間型なので「効いた!」という自覚がはっきり出ます。しかし「効果が切れた!」という感じもはっきりするため、私はしぶとく長時間型の「メンドン派」で通していました。
大抵の新薬は、発売当初は14日間の処方しか出来ませんが、1年たつと長期処方が可能になります。抗不安薬も含めて向精神薬のほとんどは30日、90日、あるいは制限なしです。しかし、メンドンは現在でも14日間の処方しか許可されていません。
いくら会社の営業力と考えても納得がいきません。ちなみにリーゼは30日、作用が中くらいのソラナックス(コンスタン)も30日まで処方が可能です。しかし、強いデパスは制限なしです。厚労省の考えが分かりません。製薬会社の営業マンに訊いても首を傾げるばかりです。従来のセルシン(ホリゾン)は90日とこれまた中途半端な制限があります。しかし、実際の治療現場ではこの辺が妥当でしょうね。デパスは180日なんて処方もできますが、患者さんによっては大量服薬したり、他の人に「あなたも飲んだら」と不正な使い方をされるおそれがあるので、90日以内の処方が常識だと思います。
短時間型のリーゼやデパスは、「切れた」という感じが著明なので依存性があります。そこで登場したのが、超長時間型のメイラックスとレスタスです。両方とも一日一回の服用で十分です。メイラックスの効果は中くらい、レスタスはより強力です。しかしながら不思議なことにメイラックスの処方は30日の制限があるのに対して強力なレスタスは制限なしです。変だと思いませんか? 誰に訊いてもハッキリした答えは得られません。いっそのこと厚労省のお役人に訊くほかなさそうですが、お役人特有のワケの分からない返事しかもらえそうもないので今はおとなしくしています。
以上紹介した抗不安薬はベンゾジアゼピン系と言われている薬です。短時間型は依存性があると述べましたが、最近、ベンゾジアゼピン系の薬その物が依存性があると取りざたされるようになりました。たとえばデパスを一日に1.5mg以上必要とする患者さんは要注意というのです。そこでおすすめとされるのがSSRIです。デプロメール(ルボックス)、パキシル、ジェイゾロフト、レクサプロのたぐいです。
疑い深い私は、病気喧伝(disease monjering)という言葉を思い出しました。薬を売らんがための製薬会社の戦略です。ある精神科の先生は、「デパスを処方して20年にもなるが、こんなに問題のない薬はない」と言い切っていました。しかし、ほんの少しのデパスならともかく、複数のベンゾジアゼピン系の薬を大量に希望する困った患者さんは確かにいます。そんな患者さんにレクサプロを処方してみたところ、「安定剤に頼ることが少なくなった」と喜んでくれました。ちなみにSSRIには処方の制限はありません。