佐野理事長ブログ カーブ

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第570回 忙酔敬語 ジュラシックパークは実現可能か?

 「おい、これって理論的にありうるよ!」 

 『ジュラシックパーク』が、映画どころか日本語訳が出版される前に、原作を英文で読んでいた生化学の教授が興奮しながら言いました。

 この理論というのは、恐竜の血を吸った蚊が、樹液に絡められて化石となって琥珀の中に密封され、その恐竜の血液のDNAからご本尊を作り出す、というプロジェクトです。DNAは確かに生物の設計図ですから、教授の言ったように恐竜の赤ちゃんまでは培養できるかもしれません。しかし、それからが大変で、結論を言うと実現不可能です。

 生物はそれぞれの種が生態系の中で生かされています。映画『ジュラシックパーク』の序盤で度肝を抜かされる映像が、陸上動物史上最大級のプラキオザウルスが、立ち上がって巨木の葉っぱを食べるシーンです。プラキオザウルスが生きていた時代は題名どおりジュラ紀で、餌となった植物は軟らかいシダ植物か裸子植物です。白亜紀になると気候の変動で花の咲く固い被子植物が優勢となり、顎の弱いプラキオザウルスやステゴザウルスは滅びて、かわりに歯の強いトリケラトプスやアンキロザウルスが取って代わります。映画では瀕死のトリケラトプスが登場しますが、プラキオザウルスとトリケラトプスが同時に生存するはずはありません。小説の方では瀕死の恐竜はステゴザウルスなので、これは理にかなっていますが、その後、小説でも映画でもティラノザウルスなどの白亜紀を代表する恐竜が大暴れするので、もう、ヒッチャカメッチャカです。

 だいたい、舞台となった場所は南米のコスタリカ近辺の島なので、圧倒的に被子植物が優位です。また、もし草食恐竜が生きられたとしても、食べた餌は腸内細菌による分解が必要です。恐竜を大きく育てるにはそれらの細菌叢までお膳立てする必要があるので、もう、数え切れないくらいの種類のDNAの処理をしなければなりません。第一、細菌叢のDNAなんか特定できないでしょう。

 さらに、恐竜が生息していた頃の大気は、現在の大気よりも二酸化炭素の割合が多かったので、現代の人間がその世界に行ったとしたら息苦しく感じるはずです。映画の舞台は現代なので、逆に恐竜たちがガマンしているのでしょう。

 しょせん、日々、試験管を振りまわして、分析して、論文を書いている教授の早とちりでした。生物はもっとマクロに見なければなりません。なんて、ずいぶん偉そうな物言いをしましたが、私がこのことに気づいたのは、この4、5年のことです。

 臨床では、病気だけを診てはいけない、患者全体を診よ、と言われています。しかし、それでもダメです。

 最近、疲れはてた更年期に相当する年代の患者さんが、漢方薬を飲んでもサッパリ効かない、と言って受診しました。

 「何か無理していることはありませんか? いじめられてはいませんか?」

 私の常套句です。患者さんは涙を流しました。

 「職場環境が大変で、やめたくてもやめさせてくれないんです。わたしより若い子たちはもう3人ほどやめたので、ますますやめさせてもらえなくなりました」

 「そこは、ご自身が命をささげる価値のある所ですか?人生の主人公は自分ですよ」

 人間も環境が合わなければ生きていけません。