「自分は何のために生きているのか分かりません」
お産をして1年くらいのうつ病の若い患者さんに言われました。ベビーカーで連れてきている幼子の他にも反抗期の子供がいたり、さらに親戚間での問題もあって大変でした。
ちょうどこの頃BSプレミアムで映画『ライフ・イズ・ビューティフル』を見て感動していたので、この映画を見るように薦めましたが、とうとう見なかったようです。今思えば見なくて良かった。ユダヤ系の父と幼い子がナチスの収容所に入れられるのですが、父は息子に「いいかい、これはゲームなんだ、ゲームに勝てば戦車が現れて終了する、本当だよ」と口から出まかせで励まし続けます。そしてとうとうある日、自分は銃殺されることとなり息子を横目にニッコリ笑いながら胸を張って刑場に連れて行かれますが、その直後にまるで嘘のようにアメリカ軍の戦車が画面いっぱいに現れてメデタシメデタシ?(父は銃殺されています)こんなにウマくいくわけがありません。
あれから8年、大変なのは変わりませんがおチビさんは小学生になり、お母さんと来ることはなくなり、人生の行きづまりも何とかなってそれなりに頑張っています。
「生かされている自分に気づき、それに対して感謝の念を抱く。それがカウンセリングのゴールです」
日本心身医学の創始者である池見酉次郎先生が、晩年に学術総会の会場でしぼり出すように言われました。コメントされた心理士は呆然としていました。会場にいた参加者のほとんども引いてシーンとなりました。私はというと半分感動して半分引きました。
以前、池見先生は特別講演で、「若い治療者はとても自分はそんな境地に達していないと言うが、患者とともに一緒に歩み続けるという姿勢が大事なんですよ」と仏教の教えをもとに諭されました。しかし、患者さんと手をたずさえて一緒に歩くのは場合によっては危険です(二次遭難)。治療者は全体をクールに観察することも忘れてはいけません。
池見先生は宇宙から生還した宇宙旅行士が口をそろえて、宇宙に行って初めて地球の水や空気によって人間が生かされていることを悟った、と人生観が一転したことに注目されていました。宇宙飛行士のなかには実際に宗教家になった人もいます。
そりゃそうだろうな、ぱっと見で地球以外に人間が住めそうな場所はないことは誰にでも分かります。もちろん実際に宇宙から地球を見れば誰だって感動します。今はお金さえかければ民間人でも宇宙に行ける時代となりましたが、そこまでしなくてもよく考えれば分かりそうなものです。
私は地球に生命が誕生した40億年前から現代にいたるまでの歴史(進化と言う表現には抵抗があります)について考えているうちに、人類は特別な存在ではなく試行錯誤の上で現れたんだな、と気づきました。とくに新型コロナウィルスの蔓延でウィルスが短期間でターンオーバーするたびに大騒ぎしているのを見て、そんなんじゃ滅亡しないからもっと気楽になったらどうかとも考えています。人類は頑張ったすえに登場したのではなく、たび重なる偶然の結果、文明を築くまでになったのです。確かに生かされています。
私は池見先生のように信心深くはないので、「感謝の念を抱く」の境地にまでは達していませんが、人間という立場でいろいろなことを知ったり経験したり考えたりで、面白いなとは思っています。いずれ「感謝」までたどり着けるかも知れません。