女性にとって生理は健康のバロメーターになるため生理不順は心配の種になります。とくに若い女性で1年に数回しか生理が来ない場合は、将来、赤ちゃんが出来にくくなると信じられてきました。生理を起こすために定期的に黄体ホルモンを飲んでもらうか、それでダメなら黄体ホルモンに卵胞ホルモンを加えるというのが一般的でした。
定期的に生理を起こすことで体にリズムがついて、ホルモン治療が必要なくなると信じられていました。私もこの説にしたがって長年生理不順の治療をしてきました。しかし、なかには生理痛のために辛い思いをする患者さんがいて、本当にこんなことをする必要があるのだろうか?と疑問を持ち始めました。
そのようなタイミングで、東大産婦人科教授の大須賀穣先生の講演を聴く機会がありました。開口一番、大須賀先生はキッパリ言いました。
「これまで月経不順のために皆さんがされていた治療は迷信と言っても過言ではありません。定期的なホルモン治療で体にリズムがつくという根拠はまったくありません」
多分、会場の8割以上の医師はそんな療法をしていたのでしょう。座長席に座っていた私にいっせいに引いた感じが伝わりました。私はというと「そら、俺の思っていたとおりだった!」と嬉しくなりました。
東大では stop & go 療法という、低容量ピルを飲み続け、生理が来て欲しくない日の10日前にストップしてイベントの前に生理を終了させ、4~7日開けてから再びゴーとピルを開始する方法をとっています。ずっと飲み続けてもかまわないのですが、イベント中にピルの効力が切れて出血が始まってはマズイのでこんな方法をとっているのです。
ちなみにサッカーの澤穂稀さんは現役時代の7年間、外国製のピルで生理をストップさせていました。海外のアスリートはたいていピルを飲んでいます。ピルはドーピングの対象ではありません。以前、日本の女子アスリートが思わぬミスをするのを見るたびに、職業柄、「あちゃー、生理にぶつかっちゃったのか」と思ったものでした。でも中にはシブトイ選手もいて、ピルがまだ普及していない20世紀の終わり頃、国際マラソン大会で東ドイツの選手が走行中に生理が始まり、パンツを真っ赤にさせながらトップでゴールしたことがありました。さすがにNHKの放映では中継の途中からその選手の上半身のみを撮影していたので、真っ赤なパンツに関しては後日出版された週刊誌で知ったことです。
そんなに生理を止めて大丈夫なの?と思われるかもれませんが、生理の血は子宮口から流れ出るだけではなく、一部は卵管を通して腹腔内にも流れます。その血が癒着を起こし子宮内膜症の原因になります。ピルでの出血は少量なので逆流は減ります。澤さんのお腹の中はピルの連続服用のためキレイだったので、ピルを止めたらすぐに妊娠しました。
日本で発売されている各製薬会社のピルの中でメーカーが連続投与を奨励しているのはヤーズの120日間とジェミーナの77日間のみですが、大須賀先生はどのメーカーのでもOKと言ってました。でも澤さんみたいに何年も止めっぱなしでいられる人は少なく、たいてい50日~60日で仕切り直しです。でも中には「生理は全体にイヤです!」と3年以上も止めっぱなしの患者さんがいます。
しかし、以上の方法は日本では世間的にはまだ浸透していないようで、こんな説明に納得しない方には強要しないで従来通りの治療をしています。