妊婦健診で「順調ですね、じゃあ、お大事に」と言ったところ、
「関係ない話で申し訳ありませんが、やっぱり妊婦はお寿司を食べてはいけないんでしょうか?」と訊かれました。
しばし絶句。頭のなかでいろいろな事がよみがえりました。
有名どころではトキソプラズマ感染。
トキソプラズマはもともと野生のネコが感染源の原虫で、食物連鎖などをとおして野生動物には大抵ひそんでいます。ジビエを食べたことがある妊婦さんがトキソプラズマ反応陽性に出たという例が当院でも2,3あります。ただし妊娠初期に初めて感染した場合が問題なので、トキソプラズマが血中にウロウロしていなければ大丈夫です。先進諸国で多いのが食いしん坊の国フランスで、いくら危険だと言ってもなかなか大好きなタルタルステーキを止めようとはしません。最近はスピラマイシンという薬が適応になりましたが、罹らないのにこしたことはないので、生肉は止めた方が賢明です。ふつう寿司ネタになることはありませんが、今どきの寿司屋は何を乗せるか分からないので注意が必要です。
生牡蠣の思い出を2つ。
フランスで国際学会があったとき、札幌医大産婦人科の2代前の教授夫妻がA型肝炎になりました。フランスとの因果関係は同じ学会に参加した九州の教授も肝炎になった事で判明しました。外国ではいくら先進国といっても生ものに手を出してはいけません。
昔、家族でパリへ行ったとき、冷たいパフェを食べた後、私がいくら「危ないからよせ!」と言ってもせせら笑って生牡蠣を食べた2名は、直後に嘔吐と腹痛で天罰を受けました。
ワイルドライフなどの野生動物の番組で、キツネやタヌキなどが古い死肉をあさっているのを見て、本当にお腹をこわさないのだろうか?と心配になります。多分、病原菌や腐敗物にやられたのは死に、大丈夫だったのが生き残るのでしょう。
火を発見してから、人類の食の範囲は大幅に拡大しました。穀物を常食とし、痛んだ野菜や肉も安全に食することが出来るようになりました。
数年前に放映された、東京オリンピックの選手村を舞台とした番組で、アフリカの新興国の1人の選手が、よく火をとおした肉でないと食べないため、ミスターウェルダンと呼ばれるエピソードがありました。祖国では新鮮な肉が手に入らなかったのです。
中国の小話です(いろいろ調べましたが、出所がはっきりしません)。
昔、まだ食物に火をとおすという習慣がなかったころ、豚飼いの男が逮捕されました。罪状は、近辺の豚小屋の火付けでした。裁判官が訊ねます(こんな時代に中国ではすでに裁判制度があったんですね、もちろん作り話ですが)。
「どうしてそんなことをしたのか?」
「たまたま、うちの豚小屋が火事になったとき、焼け死んだ豚を食べたところ、あまりにも美味かったので、以来、人様の豚小屋に火を付けるようになってしまいました」
裁判官は証拠として提出された焼けた豚の脂をペロリと舐めました。
「これはウマイ!」
以来、その国ではアチコチで豚小屋が焼かれるようになったということです。豚だけ焼けばいいのに、豚小屋ごと焼いてしまうというのが、いかにも中国的ユーモアです。