晴朗院長の机の上に心理学のテキストが乗っていました。
「そんなの読んでどうするつもり?」
「心身症を基本から勉強しようと思って・・・」
「残念だけどムダ。精神科の教科書の方がオレたちには分かりやすいぞ。そもそも心理師と医者は考え方や表現方法が違うから学会で心理の発表を聞いてもサッパリだよ」
昔、モントリオールでの国際心身症学会に参加したおり、何を言っているのかサッパリ分からない演題が多々あり、オレの語学力の限界かなと思いました。その後、日本で開催された心身医学学会に参加してみて、サッパリ分からない演題の多くは心理関係の発表だということが判明しました。心理の世界は多くの医師にとっては異次元の世界なのです。
晴朗院長は数学が得意で、理系の極みみたいな脳の持ち主です。大学の心理学科はほとんど文学部の領域に入っています。よく理系の思考法を文系よりも高く評価する輩を見かけますが、文系をバカにしたような言い分は気に入りません。いろいろあっていいんです。 脳科学という分野がありますが、その分野のアイドル中野信子先生の言ったり書いたりしていることは理系と文系の中間といった感じです。
心理学の世界では、実験では証明されないような事例を数字で表現することにせまられるため、統計学を多用します。私が学生のときからお世話になった心理学の杉山教授は、特に統計が得意だったので、私はしばらくのあいだ、てっきり心理学は理系の分野だと思っていました。
統計は、人が何となくそうだよなあ、と思っていることを数字でむりくり表現します。統計には危険度という用語があり、これはアヤシサを現しています。危険度1%未満なら信用できる、5%ならまあまあと解釈してよいでしょう。いずれにしろ「真実」が証明されたワケではありません。医学の世界でも統計的に有意差があったと胸を張ったような発表が多々ありますが、例外はあるってことでもあります。例外の存在を嗅ぎ取るのが本当の理系の脳だと思います。そういう観点から言えば私の脳は理系です。
心理学は、ふだんボンヤリと感じていることをキッチリと言語化します。当院には3人の心理師がいますが、私のボンヤリ感を見事に表現してくれるのでありがたく思っています。メンタルに問題を抱えている患者さんに関して、看護スタッフは私のボンヤリした説明よりも心理のお姉さんたちの言うことを信頼しています。まさに文系の極みです。
ある日、BSプレミアム『英雄たちの選択』で、中野信子先生が明智光秀の性格をMMPIという性格検査で分析していました。オレも受けてみたいなと思い、心理師Sさんにお願いしたら、ちょっと時間はかかりますよ、と言って引き受けてくれました。その結果の概略は〈感受性が強すぎて頑固で頭が堅く、いろいろな問題に悩まされる傾向があります。敵意を間接的な方法で表現するのが非常に巧みです。普通の人とは異なった考え方をする傾向があり、具体的な事柄や人間に対する関心は乏しく、抽象的な事柄(美術、音楽、文学など感覚的なもの)に興味があります。自己顕示欲求が強く外向的ではあるが、人目につかない方法を好みます〉。あまりにも的を得た報告にビックリ。日ごろ、私のあつかいに苦慮している病棟師長と外来師長に報告書を渡したところ、5分後に師長室から爆笑が聞こえてきました。