佐野理事長ブログ カーブ

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第92回 忙酔敬語 乳腺炎

先週に続いて母乳の話題です。母乳は赤ちゃんにとって理想的な栄養源ですが、母乳栄養もなかなか大変です。ときどきお乳が詰まって痛くなり、なかには熱が出ることがあります。
基本的な治療は、助産師によるマッサージですが、しこりや痛みが残ったり、痛くてマッサージができないときは、鍼治療のため、私が呼ばれます。軽症の場合はほんの一刺しで患者さんが「あれっ? 痛くない!」と言うほどよく効きます。
あとは葛根湯や場合によっては抗菌薬を処方します。葛根湯はかぜ薬として有名ですが、産科領域では乳腺炎にも効くことで知られています。とくに助産師さんたちには評判が良く、しばしば処方を頼まれます。しかし、誰でも葛根湯が効くわけではありません。葛根湯を使うポイントは、悪寒、無汗、後頸部の凝りのある人です。すでに汗をかいている患者さんでは、さらに汗の量を増やして体力を消耗するおそれがあるので、私は桂枝湯を処方しています。
私は母乳の味を何となく覚えています。3歳になる前でしょうか、母が妹の授乳後に余った母乳を湯飲みにしぼっているのを見て、自分も飲みたいとせがんだところ、母は「汚いから、ダメ」と拒否しました。私はあんなに美味しいのにもったいないなと思いました。私は牛乳は好きではありませんでしたが、母乳は牛乳とくらべ、水っぽくはありましたが、ほのかに甘くて好きでした。
医学部に入って、小児科の講義で、母乳の成分は牛乳とくらべると、脂肪や蛋白は牛乳よりも少なく糖分が多いので、母乳が出ないときは牛乳を少し薄めて糖分を足すと良いと教わり、自分の記憶が正しかったのを確認しました。しかし、当時、すでに人工栄養用のミルクは出回っており、どの施設もそんなことはしていませんでした。
これもガキの時分の思い出。小学5年生のとき東京の郊外に住んでいました。ある日、近所に「乳もみマッサージ」なる看板を見つけて、友人と「何だこれは?」と顔を見合わせ、「ギャハハ」と笑い転げました。その年の秋に小樽に転校しましたが、北海道では「乳もみマッサージ」の看板にお目にかかることはありませんでした。しかし、後になってそれこそ毎日のように「乳もみマッサージ」にかかわるとは夢にも思いませんでした。
「乳もみマッサージ」を初めて見たのは、大学病院の産科に所属したときでした。当時、札幌医大産科の助産師で乳房マッサージにたけた人材はいなく、何と盲目の按摩さんが不定期に手を引かれて病棟を訪れていました。そしてマッサージを行い、乳頭が詰まって医師の処置が必要なとき、私が呼ばれました。按摩さんいわく、「乳頭に何か詰まっているので取り除いてください」。確かに乳頭には固くチーズのようになった母乳のカスが詰まっていました。目が不自由なのによく分かるのもだと感心しながらピンセットで除去すると、そこから噴水のように母乳がわき出ました。
以上、お気楽なことを書いてきましたが、いろいろ手を尽くしても、ばい菌が乳腺の中に進入して膿がたまり熱が続くこともたまにはあります。そのようなときは切開して排膿し、場合によっては母乳を止める薬を処方しなければなりません。
「せっかく頑張ったのに」とお母さんは涙を流しますが、仕方がありません。そうならないように、まだまだ創意工夫をしなければいけないなと思っています。