ショパンのノクターンにはまっていた大型連休明け、Eテレ「ららら♪クラシック」で世界中のアーティストたちが自宅やスタジオから、コロナで閉じこもっている人々にエールを送る、という企画がたてられました。演奏された曲目は9曲で、そのうち3曲がバッハでトップ、2位がドビュッシーの2曲でした。バッハが音楽の神様であることは頭では知っていましたが、正直言って何が良いのかサッパリ分かりませんでした。
ピアノ音楽にくわしい事務のてっちゃんに「バッハってそんなに良いの?」と訊いたら、 「グレン・グールドがおすすめです」とキッパリ言いました。
「それ、女の人?」
「カナダ人の男性です」
マヌケな質問だったようです。
とりあえずスマホにイヤホンを差し込みバッハで検索したところ、「トッカータとフーガ」が画面に現れたので開いてみたら、例の「タララーン、鼻から牛乳!!」が大音量のパイプオルガンで脳天に突入して来ました。ずいぶん騒々しい神様だな、と思ってあらためて「トッカータとフーガ」を調べたら、何と作曲はバッハではなくニセモノ説が浮上していました。確かに均整の取れた「パルティータ」と比べると異和感を覚えました。
その「パルティータ」を演奏するグレン・グールド、猫背でピアノを抱え込むような姿勢でした。かたやリストの「愛の夢」を弾くルービンシュタインおじい様、背筋をピンと伸ばして実に優雅に演奏。書き込みには「すばらしい」、「涙がとまらない」、「おじい様にピアノで口説かれているみたい」、「おおおお‥‥‥」、「感謝、感謝‥‥‥」、「ありがとう‥‥‥」、「お葬式はこの曲でしてほしい」などなど、実ににぎやかでした。
ここで、あれ?オレ誰かにウソを教えたな、と気づきました。
教えられたのは女子学生、ピアノ科の実技試験を受けると張り切っていました。
「ピアノは?」
「シュタインウェイです」
「タッチが固いねえ、日本人の女子なんだからカワイがいいのにねえ」
数年前、HNK特集『もう一つのショパンコンクール』で、コンクールに採用されたピアノは「シュタインウェイ」、「ヤマハ」、「カワイ」、そしてイタリアの新興メーカー「ファツィオリ」の4つと知りました。何と日本のメーカーが2つも!しかも調律師はシュタインウェイを除く3社が日本人で、たがいにしのぎをけずっていました。日本人の職人魂に胸をうたれました。それでこんなキザなセリフを吐いたのでした。
「曲は?」と訊くと「バッハとヘンデルです」
「ああ、音楽の神様だね。じゅあ変に思い入れなんかしないで背筋を伸ばして淡々と、とくかく正確に弾くこと、いいね」
その後、見事に試験に合格しました。ピアノ科の主任教授はショパンが専門とのこと。
「ほーら、オレの言うことを聞いて良かったろう。ショパンなら少しくらい姿勢を崩しても良いけど肩こりをしないようにほどほどにね」
グレン・グールドとルービンシュタインの演奏スタイルは、私の指導した姿勢とはまったく真逆。顔から火が出る思いでした。