佐野理事長ブログ カーブ

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第437回 忙酔敬語 消えていった薬

 「できたらブスコパンもください」 

 更年期障害でいろいろな薬を処方している患者さんが最後に言いました。

 「ブスコパン? またずいぶん懐かしい薬ですねえ」

 ブスコパンは胃腸が痙攣して痛いときに使う薬で、注射液もあり幼少の頃、お腹が痛いと言うと今井先生に注射を打たれました。風邪の発熱時に打たれるメチロンと違って注射液自体に刺激があるのでチクンと刺された後、ジワジワと痛みが広がり、お腹が痛いときの注射はイヤだな、という記憶があります。錠剤ともどもロングセラーの薬です。

 「お腹が痛くて消化器内科を受診しても原因が分からないと北大に紹介されたんです」

 「そして効いたんですね?」

 「はい、よく効いてます」

 こんな古くて安い薬を処方した北大の消化器内科の先生はエライ!と見直しました。

 かたやダーゼン。蛋白分解酵素が含まれて抗炎症作用があると40年にわたって使用されてきました。呼吸器科では痰が切れない場合、耳鼻科では蓄膿症、泌尿器科では膀胱炎に対して抗菌薬の働きを高めるとして広く処方されてきました。

 産科領域でも乳腺炎のしこりに対して、抗菌薬を使うほどでもないな、というときによく使いました。ところが9年前に厚労省が再評価したところ、効果なしと判明して販売中止となりました。けっこう効いたんだけどな、と残念でした。そこでノイチーム、キモタブ、エンピナースなど同じような薬を処方しましたが、相次いで製造中止となりました。

 その後は、乳腺炎のお母さんに対しては助産師のもとめに応じて葛根湯を処方していますが、これがけっこう効いているようで、以前のように乳房を切開して排膿させる手術はほとんどありません。厚労省の調査は正しかったんだなと再認識しました。

 分娩予定日を過ぎても子宮口が固くてなかなかお産にいたりそうもない妊婦さんに対して、ひところマイリスという注射液が使われました。開発にあたっては東京大学の産婦人科がかかわっていました。その経緯や臨床報告などをまとめた本が製薬会社から提供されました。その冒頭で、マイリスを投与した群と投与しない群を比較して有意差が出たときは、教室でバンザイの声が上がったと書かれていました。ギリギリの差で有効性が確認されたんだな、本当に効くのかな?と疑いの念が浮かびました。この本には、冒頭を皮切りに作用機序や有効だったという他の施設での報告が面々と掲載されていましたが、最後に「子宮口を熟化させるのはあくまでも児頭の圧迫による物理的な刺激である」という論文も掲載されていました。編集者のフトコロの深さがかいま見られて、この本全体に対する信頼がちょっぴり高まりました。

 注射液はよく売れて、その後は使いやすい腟錠も販売されました。しかし、効いたという実感はダーゼンほどもありませんでした。そのうち当の東大が再調査をしたところ有効性が確認できなかったという結果が出て、東大がトップをきって使用を中止して、当然発売も中止となりました。10年前のことでした。

 いったん消えてまた復活した薬があります。サリドマイドは妊娠初期に服用すると手・足・耳などに奇形がある赤ちゃんが生まれたので販売中止になりました。その後、多発性骨髄腫の薬として2008年に復活。妊娠禁忌薬の象徴としていまだに記憶されています。

 要するにどんな薬でも漫然と処方してはイケナイということです。