「ドグマチールって本当に良く効きますねぇ!」
助産師Nさんは言いました。Nさんは10年以上も前から当院の仲間になって、もうベテランさんですが、それまで勤務していた病院ではマタニティーブルーのお母さんのケアに苦労していたそうです。
帝王切開が急に決まって、赤ちゃんは元気で術後の経過も順調だったお母さんが、産後3日目あたりで目を泣きはらしているということが、たてつづけに2例ありました。妊娠中はとくにメンタルな問題はありませんでした。典型的なマタニティーブルーです。そんなお母さんたちにドグマチールを処方したところ、翌日はニコニコ顔になっていました。そのうちの1人は3日間の服薬で「もう大丈夫です」と言って帰りました。
近年、抗うつ薬としてSSRIやSNRIが第一選択として推奨されていますが、効果が出るまでに1週間ほどかかります。飲み始めに吐き気などの副作用があり、「かえって悪くなったのはないだろうか?」と不安になることもあります。
2016年に東京都が23区の10年間の妊産婦について統計をとりました。その結果、死亡の原因として自殺がトップであることが判明して全国に驚愕が広がりました。各地域でも統計をとりましたが同じような結果で、周産期メンタルケアの重要性が再認識されました。さっそく、研究班が結成され、薬物治療のガイドラインもできました。
その推奨薬がやはりSSRIとSNRI。どうも現場を知らない精神科の先生たちが考え出したようです。判で押したような処方です。イヤになるなあ・・・。
ドグマチールは商品名で一般名はスルピリドです。最近、安価なジェネリックが推奨されているのでスルピリドという品名で処方されることが多くなっていますが、いずれにしてもそんなに高価な薬ではありません。もともと胃薬として登場し、その後、抗うつ作用があることが分かりました。さらに増量すると統合失調症で幻覚を訴える患者さんにも効果があります。
うつ病で追い込まれて「毎日、赤ちゃんの声が聞こえて不安になる」と言う患者さんがいました。お子さんはもう小学生です。家族関係がゴチャゴチャして精神的にやられてしまいました。そうした場合、統合失調症でなくても幻覚が現れることがあります。そこで通常の4倍量のドグマチールを飲んでもらったところ、1週間ほどで赤ちゃんの声は聞こえなくなりました。その後、プッツリと患者さんは受診しなくなりました。1年後に晴々とした顔で受診。もう、問題は解決したので薬は必要なくなったとのことでした。
ドグマチールを含めた向精神薬にはアカシジアという副作用があります。何だか落ち着かなくなり、ジッと坐っていることができなくなります。私の経験ではドグマチールで高頻度に現れるようです。マタニティーブルーに使う量ならほとんど問題はありませんが増量した例では時々見られます。でもアカシジアに注意して使用すれば心配ありません。 ドグマチールは下垂体に作用してプロラクチンという物質を分泌させます。男性なら何の問題もありませんが、このプロラクチンは卵巣の働きを押さえて生理不順の原因になったり乳汁を分泌させたりします。生理不順で治療していた患者さんの服薬状況を確認したところ胃腸科で処方されている散薬の中に少量のドグマチールが含まれていたことがありました。でも産後のお母さんではオッパイも出るし一石二鳥以上の効果を発揮します。