当院では原則として分娩は自然で経過を見ていく方針です。日本産婦人科学会では妊娠42週までには分娩した方が良いと提唱しています。では妊娠42週を過ぎるて出生した赤ちゃんがどうなるかというと日本でははっきりとしたデーターは出ていません。その点、北欧では数万人のデーター解析によって出生後の赤ちゃんがその後どうなったかというデーターを出しています。それによると早産のため低体重で生まれた赤ちゃんはもちろんですが、妊娠43週を過ぎた赤ちゃんでも高校や大学などの進学率が下がるそうです。どうも北欧では妊娠43週まで待つらしい。
そこで思い出したのがフィンランドの叙事詩『カレワラ』に登場する英雄で詩人でもあるワイナモイネンです。彼のお母さんのイルマタルは身ごもって700年たっても分娩に至らないため苦しんだあげく、ウッコの神に祈ってやっとのことでワイナモイネンを生みました。ワイナモイネンは生まれたときから白髪の老人でした。その後の話は北国の民話らしく寒く憂鬱でよく覚えていません。ちなみに○○ネンというのはフィンランド人の名字に多く、昔、ヘルシンキ大学から札幌医科大学を視察に来た助教授の先生に教えてもらいました。「そういえばお国にはワイナモイネンという英雄がいましたね」と言うと、「日本人がワイナモイネンを知っているなんて驚きです」と喜んでおられました。
話が変な方向にそれてしまいました。予定日を過ぎたお産の話でした。一応、当院でも日本産婦人科学会の方針にのっとって、予定日を1週間以上過ぎたお母さんに対しては入院してもらって誘発分娩をしています。ただし、子宮口が開きづらい状態でいきなり高濃度の誘発剤の点滴をすると母児ともに危険な状態になるので、2,3日かけてゆっくりと行っています。
妊娠10ヵ月以上で陣痛もなく破水した妊婦さんに対しても無理のないように誘発剤を使います。破水すると感染が起きるため、できるだけ早く分娩させようとしたこともありましたが、羊水自体にある程度の殺菌作用もあるし、あまり急ぐとこれまた母児ともに負担をかけるので今ではノンビリとやっています。なかには破水してから10日間もかかったこともありましたが、お母さんも赤ちゃんも元気でした。妊娠10ヵ月未満の破水の場合は赤ちゃんは未熟でNICUで管理する必要があるため、残念ですが他院へ母体搬送をしています。当院で生んでから赤ちゃんだけ搬送という手もありますが、お母さんと赤ちゃんと離ればなれになると赤ちゃんの不安が高まるので母体搬送をしているのです。
分娩促進剤については、計画分娩などで大いに使った時代がありました(当院ではありませんよ)。また、お産にかかる時間は短いほどお母さんにも赤ちゃんにも負担がかからないと考えていた時代もありました。その後、分娩進剤によって短時間で出生した赤ちゃんは、ゆっくりと生まれた赤ちゃんよりも必ずしも元気でないことが分かりました。ただしすべて自然がベストというわけではありません。お母さんが疲れ切って、赤ちゃんの頭もそこまで見えそうになっているのに陣痛が弱くそれ以上進まない場合には促進剤を使用してお母さんの負担を軽くして、元気な赤ちゃんを生んでもらうようにしています。 促進剤も薬ですから正しい使い方をしなければ危険です。最近は分娩促進剤の使い方に関するガイドブックが行き渡っています。産科医も助産師も共有した知識に基づいて、産婦さんに対する説明もきちんと行っているのでトラブルは少なくなりました。
第63回 忙酔敬語 誘発分娩