佐野理事長ブログ カーブ

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第410回 忙酔敬語 老人の命

 今年の1月、讀賣新聞の「医療ルネサンス」の欄に終末期のお年寄りに無理やり点滴をして、さらに認知症の患者さんには点滴を引き抜かないように手足を拘束する、といった非人道的な日本の医療に関する記事がシリーズで連載されました。

 ちょうどそのシリーズを読み終えた頃、介護施設でお世話になっている89歳の母が腸閉塞を起こして緊急入院しました。夜間のため夜勤の看護師さんが今後の方針についてオリエンテーションをしてくれました。

 「まず、脱水を防ぐために点滴をします。お母様は認知症なので点滴を抜かないように手足を拘束します。以上、ご理解いただいたらこの書類にご署名ください」

 新聞記事とまったく同じじゃん!しかし、看護師さんは病院のマニュアルにしたがって説明しているのはよく理解できたので、ちょっと看護師さんをにらみながらサインしました。看護師さんは対応に慣れているのかチョイにらみにもビクともしませんでした。

 母には認知症の他に持病があり、さらには大腿骨折のため車椅子生活をしています。数日後、腸閉塞はイレウス菅が奏効して手術をしなくてもすみましたが、今度は誤嚥性肺炎になったので主治医が変更したという連絡が来ました。

 病院に行くと母はアップアップの状態で点滴されて手はベッドサイドにくくられていました。バルーンカテーテル内の尿量も少ない。もうダメかな、と思いました。やっぱり縛りつけるんじゃなかった、もっとラクにしてあげれば良かった、心は乱れました。

 病院は施設からけっこう離れた場所にあり、病気持ちの妹にとって小まめに様子を見に行くのは体に応えました。私の方が地下鉄の便が良いので当直でないときは夕食の介助をしに行きました。病院まかせでは手が足りません。経営のことを考えるときれいごとでは済まされないのは同業者として分かります。でも最高気温が-10℃の日は堪えました。

 しかし母はしぶとかった。六花亭の水羊羹200gを平らげた上に夕食もある程度は食べました。そのうち熱も下がり、意識もはっきりして3週間で退院となりました。施設の人によるとこんな状態で施設に生きて戻ったのは母が初めてだとのことでした。

 こうなると病院での対応はアッパレの評価となりました。はじめ無機質に見えた主治医の先生も天使のように見えてきました。念のために訊いてみました。

 「抗生剤の点滴は何日したんですか?」

 「10日間です」

 適切な量です。そう言えばある程度状態が良くなった頃、作業療養士のお姉さんが登場してリハビリを開始しました。もっとも妹に言わせると若い男性の作業療養士さんの方が母の機嫌は良かったそうでしたが・・・。

 退院してから母の認知はさらに低下して私が誰か分からなくなりました。それでも食欲は旺盛で、日曜日の昼に食事介助をするとほぼ完食し、少しずつスプーンを差し出すと「もっと早く!」という始末です。お土産のカスタードプリンはお気に入りでまたたく間に完食。持病は問題なく、90歳を越えた現在、あと10年は大丈夫だと太鼓判を押されました。 最近、また、讀賣新聞「医療ルネサンス」で年老いた親にがん治療をすすめるべきかと悩む家族の連載がありました。認知症のため、親の希望を確認することができません。  食事が摂れるかどうかが判断の分かれ目だ、というのが今の私の結論です。