「もう、体が重くてつらいのでグリグリしてください。先生のグリグリはとても効くって幼稚園で知りあいのお母さんが言ってました」
このグリグリとは卵膜剥離のことです。分娩誘発法の一つとして『産婦人科診療ガイドライン産科編2017』の筆頭に掲載されています。
子宮口に内診指を入れて赤ちゃんを包んでいる卵膜を子宮壁から剥がす技です。ある程度子宮口が開いているのが条件で、できたら内診指が2本入るとやりやすい。さらには子宮口が柔らかく児頭が下がっていたら申し分ありません。まあ、ここまで来ればだまっていてもじきにお産になりますけどね。
まだお産がほど遠い場合は、内診すると妊婦さんは痛がります。内診指を2本入れるのはお産が近くてもかわいそう。そこでグリグリするときはカーテンを開けて(欧米ではカーテンごしの治療は何をされているのか分からなく不安をおあるためカーテンはありません)、顔の表情を見ながら「大丈夫ですか?」と訊きます。たいてい歯を食いしばって「大丈夫です!」と言ってくれますが、私がさしのべた手にしがみついてくる妊婦さんもいました。この刺激でお腹が張って児頭がグッと下がってくればしめたのもです。中には胎胞ができてその場で破水して、ハイ、入院!その日のうちにお産になるケースもあります。いったん帰宅しても、たいていは2、3日以内に陣痛が来て入院となります。
昔は、計画的に分娩させるのが産科医のウデの見せ所と思われた時代がありました。その手段として子宮口を開くためにラミナリア桿(コンブの根のようなもの)や子宮内にメトロイリンテルという水風船を入れ、ある程度開いたら子宮収縮薬で陣痛を促進しました。今でも必要に応じてこの方法を選択する場合があります。※当院ではしていません。
妊娠38週を過ぎれば赤ちゃんは成熟します。それ以降は妊娠高血圧などロクことはないと信じ込んで妊娠38週になると全員入院させ分娩誘発をして、「さあ、ドーダ!」的な論文を発表した有名な病院がありました(30年以上も前のことですが)。子宮口を熟化させるためにまず子宮頚管内に経口用のプロスタグランディン錠を入れます。それで子宮口が柔らかくなって開きやすくなるというのですが、私が試したところ、とんでもない陣痛が発来し、あれよあれよという間にお産になりました。しかし、お母さんの痛がりようは尋常ではなく、赤ちゃんも過強陣痛のため苦痛のサインを出していました。その病院では陣痛が不十分な場合はさらに陣痛促進剤を点滴して人工破膜を行い、それでも分娩にいたらなければ帝王切開していました。帝王切開率は25%くらいだったかと記憶しています。 「しっかり管理しているのでモンクあるか!」的な論文でした。それを読んだ先輩は(私も)「これは人間に対してやることではありません!」と憤慨していました。
最近まで、予定日近くになると羊水が混濁するケースが多くなるので積極的に誘発する大学病院もありました。しかし、今では羊水混濁の原因は赤ちゃんが苦しいと言うよりも腸が成熟したあかしと判明し、そんなにあせるな的な雰囲気となっています。 現在、陣痛促進剤の投与方法は慎重となり、点滴されている間は監視装置を装着して赤ちゃんの心拍をモニターしなければならなくなりました。それもまた不自由なものです。 その点、卵膜剥離は自然の陣痛を促すので、今のところモンクをたれる人はいません。予定日を過ぎて苦しんでいるお母さんには積極的に勧めています。