札幌市立大学の助産科で周産期のメンタルヘルスケアについて講義しました。以下、その内容の抜粋です。
女性ホルモンは女性の精神に大きな影響をおよぼします。排卵すると黄体から妊娠を維持するために卵胞ホルモンと黄体ホルモンが分泌されます。女性は守りの体制になるので活動は鈍くなりときには抑うつ状態になることがあります。それが病的になったのが月経前不快気分障害です。妊娠すると悪阻とともに抑うつはさらに悪化します。三重大学の周産期精神医療にたずさわっていた岡野先生によると、15%の妊婦さんが「うつ病」の範疇に入るそうです。実際、2016年に東京23区の10年間の統計で妊産婦死亡のトップが妊娠初期の自殺と判明して日本中に衝撃を与えました。妊娠中期に入ると多くの妊婦さんの精神状態は安定しますが、なかには例外もあります。これについては後で症例をまじえて説明します。
みなさんのなかには保健所で働く人もいるでしょう。母子手帳を発行するときにハイリスクかどうか見極めるのが大事です。
①全体的な印象。
②年齢(若年、あるいは高齢妊娠)。
③家族関係(適切なサポートが得られるかどうか)。
④臭い(喫煙、入浴しているかどうか)。
⑤リストカット。
五感をフルに使って確認してください。リストカットを認めたら必ず理由を聞いてください。そっと見守る、は何もしないのと同じでネグレクトです。「うるさいわね、よけいなお世話よ」と言われるのを恐れてはいけません。たいてい、よくぞ訊いてくれた、と喜んで受け入れてくれます。
さて、ここで妊娠がすすむにつれてうつ症状が強くなった妊婦さんを紹介します。20年ほど前、地方の病院から紹介されました。年齢は30代後半。確かに典型的なうつで、表情も硬く笑顔もありませんでした。抗うつ薬を飲んでも症状が悪くなる一方なので妊娠9ヵ月から入院管理としました。妊娠38週に入ったら帝王切開することにしました。ところが妊娠37週になったとき「もう生きているのがイヤだ」と言って3階の病室から飛び降りようとしたので翌日帝王切開しました。産後、どうなるんだろうと心配しましたが、本人は、もう一生分泣いた、とケロッとしていました。妊娠前は世話好きな姉御肌の人だったようです。女性ホルモンは人によって影響をあたえる時期が違うことはじめて教えてくれた症例でした。
その他、チーム医療の重要性や薬物療法などについても話しました。学生たちは午後の時間帯でもありコックリコックリ。そこで試験問題は事前に知らせることにしました。
試験問題は「ハイリスク妊婦の見極めとその後のフォローについて述べなさい」です。鉛筆は2B以上の柔らかいのを使ってタップリとした字で書いてください。実は私、加齢にともない視力がおとろえているので、3Hなどで細かい字をかかれたら頭がジンジンして答案用紙を見るのもイヤになります。だからお願いしますよ。いいですね。