長谷川眞理子先生の『進化とはなんだろうか』(岩波ジュニア新書)を読んで考えました。「進化」という発想は臨床にも応用できるぞ!
生物の繁殖の仕方には2種類あります。そのまま分裂して増殖する無性生殖と、オスとメスで新しい設計図を作成する有性生殖。
無性生殖の方が効率よく子孫の数を増やせますが、環境が変化したときに適応できなくなり絶滅する恐れがあります。有性生殖では新しい設計図でできた子孫の中に環境に適応する個体ができる可能性があります。ただし、たまたまその環境に適応しただけで、生物の意志でそうなったワケではありません。適応するケースはマレで、ほとんどが自然淘汰によって亡んでしまいます。数学的な確率の問題です。
メンタルな病気に「適応障害」というのがあります。学校における適応障害、職場での適応障害などいろいろなケースがあります。
「適応障害」の基本的な治療は、進化みたいにジックリと待ってなどいられないので、本人に合った環境を探すか、あるいは本人が成長するまで休ませるかの2者選択となります。環境そのものを変えるのは、よほどのことがないかぎり現実的には不可能です。
幼少期から発達障害の診断を受けていた若い女性が紹介されてきました。学生時代も何とか乗り切りめでたく卒業して就職しましたが、職場に馴染めず、生理に関する悩みもあるので、かかりつけ医から婦人科的立場からの診断書を書いてもらってはどうかということでした。彼女の目には憎しみの暗いオーラがただよっていました。
紹介もとで処方された方剤の推移を検討しましたが、現在の処方を較べてさほど違いはありません。そこで私は言いました。
「○○さんの気持ちはお察ししますが、今、職場と衝突するのは得策ではありません。診断書が効を奏するかもしれませんが、職場では○○さんは扱いにくいスタッフととらえるでしょう。長いものには巻かれろと言っているつもりはありませんが、今後も同じ職場で働く意志があれば、ここは少し妥協する方が生きやすいと思います。自分に合わない環境にいる生物は滅びます。○○さんはまだ若い。新しい環境を見つける方がより良い人生を送れると思いますよ」
進化論的説明で彼女は納得したようで、暗いオーラは薄らぎました。
苦労して看護の専門学校を卒業させたのに、製薬会社の営業マンになって喜んでいる長女にガッカリしている女性がいました。私はそれはそれで立派だと思いました。
「せっかく高いお金を払って買ったのに、教科書は見るのもイヤだからすてるって言うんですよ。まったく何を考えているんだか分かりません」
「娘さんはいくつですか?」
「22歳です」
「△△さんは22歳のとき、自分の生き方を見つけましたか?」
「いいえ」
「娘さんは見つけたんです。祝福しておあげなさいよ。多分、教科書は草食動物に対するお肉なようなもので、まったく必要ないでしょう」
女性の顔はなごみました。