今年は全国的に猛暑日・酷暑日に見まわれて大変でしたが、札幌は一度も猛暑日にはならず熱帯夜もありませんでした。こうなると畑の収穫も変化します。
去年は地元に有利なジャガイモが不作で何とサツマイモが味・量とも期待を上回る出來でした。しかし、今年は実直にジャガイモがインカの目覚め、男爵などがそれなりに収穫できました。いきなり話がそれますが、このようにジャガイモは数種類栽培すべきです。19世紀なかば、アイルランドでジャガイモが不作でジャガイモ飢餓と呼ばれる災難に見まわれました。一種類のジャガイモしか栽培していなかったため流行した病気でジャガイモがほぼ全滅しました。カロリーのほとんどをジャガイモに依存していたアイルランドでは100万人の餓死者が出ました。昔、アイルランドでの国際学会に参加したことがありましたが、ステーキを注文すると呆れるほど大量のフライドポテトが付いてきました。また別の学会でオランダに行ったとき、ゴッホ美術館で「ジャガイモを食べる人々」を観ました。貧しい一家がランプの下でオカズなしでお茶を酌みながらジャガイモを食べていて、気がめいるような絵でした。歴史的な名画で買えば戦闘機一機ぶんはすると思いますが、家や当院で飾りたくなるような絵ではありませんでした。昔は「馬鈴薯を食べる人々」と言われていましたが、そっちの方が風情があって良いと思います。美術館では英語表記で「The Poteto Eaters 」と書かれていましたが、味も素っ気もないなあ、と思ったことでした。
ジャガイモはトウモロコシとともに新大陸から入って来て世界中の人口増加に貢献しました。そのトウモロコシの出來は今一つでした。例年、もう少しで食べ頃だ、というときにカラスにやられてしまうので、黒いテグスでトウモロコシ畑を囲んでいましたが、カラスの害はほとんどなく、ただ出來が悪いだけでした。しかし、その味は子供のときに食べたモチモチのトウキビで私は満足しました。最近のスウィートコーンはまるでフルーツみたいでただ甘く、穀物としてご飯に取って代わる存在感はありません。それが50年ぶりに味わえたのです。収穫は少ないながら私は満足でした。これぞ本当のトウキビです。家内の両親は大阪と東京出身で、そのせいで家内はトウキビとは言わずトウモロコシと言っています。大通ではわざとらしくトウキビと称して販売していますが、道民でもトウモロコシ派がトウキビ派をしのいでいるのは残念なことです。
昨年のサツマイモの豊作に気をよくして今年も挑戦しましたが出來は今一つでした。原因は気温が2度ばかり低かったためです。サツマイモもジャガイモのように新大陸からもたらせられましたが、もともと温暖な地を好むため昨年はマグレだったようです。ジャガイモは茎が発達したので芋の位置は浅くて収穫がラクですが、サツマイモは根が大きくなっていて深く掘らなければならないので大変です。新川の畑は荒れてフカフカではないのでスコップを利用しますが、その際、芋を傷めてしまいます。家内に「もっと注意して!」と言われましたが、固い地面を手掘りするなんて無理な注文です。
今年は里芋にも挑戦しました。里芋の原産地は南アジアです。熱帯ではタロイモを主食とする民族がいますが、その末えいが里芋です。里芋をキライな人は少なく東北地方の学生は芋煮会をして楽しんでいます。ジンギスカンと較べて貧乏くさいと思っていましたが、現地で食べるとそれは美味しいそうです。里芋は運搬すると傷んで味が落ちるので道民はその良さが分かりません。新川産は親芋なしで小芋ばかりでした。





