佐野理事長ブログ カーブ

Close

第750回 忙酔敬語 バッハの平均律で寝る。

 私は寝落ちに時間がかかりその時間をもてあましているので枕もとにスマホを置いてピアノの演奏を聴いています。はじめはショパンの甘い曲を聴いていましたが、音楽と言えばバッハということでバッハを聴きましたが、胃にもたれる感じでモーツァルトのソナタに変更したこともありました。演奏は内田光子さんで端正な演奏ときれいな音色で満足していましたが、あるときから全曲が聴けなくなり、またショパンにもどりました。後で分かったのですがモーツァルトのソナタを「全曲」でとインプットしたら聴けることが分かりました。しかし、曲の順番が以前聴いたのとは違っていました。 

 バッハと言えば奇人ピアニストのグレン・グールドが人気です。グールドは10代のモーツァルトは好きだが大人になってからの作品は人に媚びるようで嫌いだと言っていました。だから私も以前の順番だったら聴きたいと思っています。私はお気に入りの人の言うことに素直に反応するのです。

 グールドはハイドンのソナタは好きだと言うので聴いてみると確かに良い。しばらくはこれで寝落ちしていました。ハイドンのソナタは知る人ぞ知るです。患者さんでピアノをやっている二人のかたに教えたところやはり良い!と言ってくれました。

 音楽評論家の吉田秀和さんは、グールドが20代で録音したバッハの『ゴルドベルク変奏曲』を聴いてその完成度の高さにびっくりしました。それにしては当時の日本での反応が批判的だったので腹を立ててレコードを買いまくって知人に送りました。

 その頃、グールドはソ連へ演奏会に行きました。当然、曲目はバッハが中心。バッハと言えば『平均律』も有名です。しかしこの曲は練習曲的な要素が多く、演奏会で弾かれることはめったにありません。はたして講演開幕時点での観客は音楽の教育関係者が中心で会場はまばらでした。ところが演奏が始まってからは観衆はそのすばらしさに驚愕してあちこちの知人に連絡しました。半世紀以上も前のことですから連絡はほとんど電話です。そして演奏会が終わる頃、会場は満員となりました。ロシア人と日本人の音楽に対する感性のレベルの違いを示すエピソードです。

 このことを知って私は再度バッハに挑戦しました。『ゴルドベルク変奏曲』はグールドが20代で吉田さんをビックリさせた録音と晩年のゆったりした録音があります。寝落ちには晩年の録音が向いています。グールド特有の鼻歌までハッキリ聞こえます。もともと不眠で悩む知人のために作曲したと言われていますが、やはりずっと聴いていると飽きてしまいました。

 そこでロシア人に負けまいと『平均律』も聴いてみました。グールドの演奏は狂気すれすれの演奏と吉田さんは述べていますが、ショパンやリストみたいに情感を入れ込んでいないので淡々と聴くことができ寝落ちに成功しました。狂気すれすれの演奏とは、ゆっくりした曲と速いテンポの曲の差が極端なためと思われますが、私は気にはなりませんでした。もちろん胃にももたれませんでした。

 私の音楽鑑賞は寝落ちするためのもので、日中に聴くことはほとんどありません。ただし超一流のピアニストの演奏を聴いているので、外来でBGMとして流しているピアノ演奏に対して「へたくそ!」と腹を立てることがあります。BGMのピアニストの演奏は上手に弾こうという意思が伝わって来ますが、奇人グールドはただ没頭しているだけです。