新聞広告欄に百田尚樹著『禁断の中国史』が大々的に掲載されていたので購入してしましいました。とにかく怖い!でも、ページを捲る手が止まらない!とのこと。
〈世界の中で日本人ほど中国を誤解している民族はいないのではないでしょうか。なぜなら、私たちの祖先は、ずっと中国を師として仰いでいたからです。しかし、この本を読めば、読者の皆さんは「中国」と「中国人」の本質を知ることになるでしょう。あなたの中の誤った中国像が音を立てて崩れていくかもしれません。ですが、これが中国の真の姿なのです。(まえがきより)〉
実際に読んで呆れたのは高校で漢文を勉強した者ならほとんど知っているという事でした。小学生対象のユーチューブ『ぴよぴーよ速報』を見ればさらに詳しく掲載しているので小中学生の中にはこれから述べる宦官や凌遅刑までを知っている子もいるはずです。
◆王朝が変わるたびに起こる大虐殺
これは本当の事です。前王朝の生きのこりは根絶やしにされ宮殿は焼き払われました。平清盛の源頼朝・義経らに対する扱いは生ぬるい。平家は軍事の天才・義経によって滅亡しました。宮殿まで焼き払ったため中国には日本のように古い建築物は残っていません。明時代の紫禁城はケチでしみったれの女真族のおかげで清王朝でも使い回されました。日本の皇居が江戸城を土台にしているのは中国人からすれば不景気な話だとのことです。
◆男性器を切除された宦官制度と凌遅刑
江戸城の大奥を支配したのはお局たちですが、中国ではちょん切られた宦官たちでした。生殖能力はありませんが、大脳に野心はインプットされているので、皇帝にとって変わろうとした宦官もあらわれました。明時代のことです。事前に発覚したので、その宦官は一番残酷な凌遅刑に処されました。こ詳細は『ぴよぴーよ速報』を見れば分かります。ただし速報では凌遅刑はあまりにも残酷なので詳しく調べちゃダメよ!と注意しています。
私は大人なので調べてきたら、凌遅刑は体を少しずつ切り取るというおぞましい刑罰でした。ふつうは百回で息絶えるのですが、この宦官はしぶとく千回切られても翌日にお粥をお代わりしました。さすがにさらなる百回で息絶えました。
宦官制度は朝鮮半島止まりで日本には受け入れられませんでした。百田さんは日本人の良識だと胸を張っていますが、私は日本では牧畜が盛んではなかったからだと考えます。幕末に日本を訪れた欧米人は去勢されていない雄馬の荒々しさに驚いたそうです。
◆人を喰った話
高校時代の漢文の模試で、春秋の覇者であった斉の桓公が料理人・易牙に嬰児の丸煮を所望したので易牙は自分の子を提供した、と書いてあったのでビックリしました。斉の桓公は春秋を代表する名君と認識していたのでホンマかいな?と疑ったほどです。模試にこんな文章を出題するか!といまだに覚えています。でも面白かった。
『韓非子』には魏の君主の命で中山国を攻めた楽羊のことが書かれています。中山国は楽羊の子を捕虜にし羹にして提供しました。楽羊は顔色一つ変えずにそれを呑んで中山国を攻め滅ぼします。しかし魏の君主は冷血な楽羊を怖れて遠ざけてしまいました。基本的にはヒューマニズムはあったのです。百田さんは高校生でも知っているこのエピソードをはしょっています。どうしても中国人を悪く言いたかったようです。





