初産のヤンママが無事お産を終えました。
「痛くて死ぬかと思ったでしょう?」
「いや、本当に死んでました」
ここで思いましたのが「タヌキ寝入り」です。タヌキは強いストレスに遭うと気を失います。タヌキだけではなくイヌでもみられるそうでイヌ科の動物の特徴のようです。「タヌキ寝入り」することでそれ以上の攻撃を防ぐと考えられていました。しかし本当にそうかなあ? 昔、クマに遭遇したら死んだふりをしろと言われていましたが、そんなことをしたらツキノワグマは死んだふりをした人を食べちゃうらしいですよ。
現在、お産の痛みから解放するため硬膜外麻酔による無痛分娩が広く行われるようになりました。ただし、熟練した麻酔科医の存在が前提です。そこまでしなくても薬で痛みをやわらげる方法もあります。
ジアゼパンという精神安定薬や和痛分娩用のペチロルファンを使います。タイミングよく使うと分娩も早く進みます。それよりも手軽なのはマイスリーという超短時間型の睡眠薬を飲んでもらうことです。ウトッとしているうちにお産は進みます。先ほどのヤンママの「死んでました」状態にするのです。私の次女も2人目のお産のときにマイスリーを飲んだら、何が何だか分からないうちにお産が進みました。
英国のヴィクトリア女王は無痛分娩とした女性のハシリとして知られています。痛いお産はこりごりと麻酔科医のもとでクロロホルムを吸いながら王子を生みました。クロロホルムは鎮痛作用があるので「死んでました」以上の効果がありますが、毒性があるので現在では使われていません。
マスコミというのは節操のないもので、以前は無痛分娩での事故をあおり立てるような報道をしていたのに、東京都が無痛分娩の費用を補助するとなると、無痛分娩の利点を書き立てるようになりました。実は私もアメリカでさかんに行われていた無痛分娩の安全性について疑っていました。
一つ、赤ちゃんの頭が下がってきても麻酔が効いてため息む感覚がないので鉗子分娩や吸引分娩が多くなる。
一つ、鉗子分娩や吸引分娩によって無理な娩出をするので、産後、膀胱や直腸の神経がマヒして尿失禁や排便障害を10%の割合で生じることになる。
一つ、痛みは危険を察知する大事な因子なので、痛みを除くということは子宮破裂などを予知するとこができない。
しかし、熟練の麻酔科医は加減が上手なので息みができるように効かせてくれます。そのため吸引分娩が増えたという印象はありません。また、無痛分娩は厳重な管理下のもとに行われるので安全です。子宮破裂という事態になれば分娩が進行せず、赤ちゃんも苦痛のサインを出すので見逃すことはありません。ただし人手がかかります。
その点「死んでました」はラクです。ヤンママはマイスリーも使いませんでした。ただし分娩時にはお母さんやお婆ちゃんが立ち会って励ましてくれました。会陰切開もすることなく、かすり傷程度の傷ですみました。一応は縫合しましたが、2日目の回診では「痛みはありません」と嬉しそうに赤ちゃんのお世話をしていました。