佐野理事長ブログ カーブ

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第713回 忙酔敬語 長期入院の過ごし方

 当院にはときどき医学生が研修に来ます。なかには個性的な学生がいて楽しくなります。

子供の頃から囲碁に秀でていた学生がいました。小学5年生のときに韓国に行って国際試合をしたそうです。かように天才的ではありましたが、いざ囲碁のプロとして食べていけるかというと、プロの世界はきびしく現実的ではありません。堅実に医学の道を選びました。こういう人間は頭の構造からして違います。

 「ひょっとして1、2時間、何にも無いところで頭に碁盤の目を描いて時間をつぶせるんじゃないかい?」と聞くと、やはり、そくざに「はい、できます」と答えました。

 感心して外来助産師のSさんに、その話をしたところ、「佐野先生だって、一人で考えごとをして、そのくらいの時間はつぶせますよ」

 ハイ、そのとおりです。しかも実際に独房に閉じ込められたとき、どのように過ごすかをシミレーションしたことさえあります。

 監獄関係の映画を観ると、懲罰として独房行きがしばしば見受けられました。私としては独房のどこがツライのか理解できませんでした。面倒くさい連中とのつき合いもなく、マイペースで上等じゃないかとも思いました。

 明るい独房なら字を書くこともできます。しかし、『パピヨン』のスティーブ・マックウィーンは真っ暗な独房に2回も入れられて、1回目は腕立て伏せをしたりして体力の温存を図りましたが、2回目ではさすがにこたえて歯が根元から抜けるシーンが印象的でした。戦国時代の黒田官兵衛は、毛利側の有岡城に幽閉されましたが、狭くて湿気が強くて身動きも不自由な状態で、開放後は脚を引きずる身となりました。

 さて、私なら光のない独房でどう過ごすか?食事は定期的に支給されるでしょうから、それに合わせてパピヨンのように腕立て・スクワットなどでトレーニングをします。あとは自分がこれまで生きてきた知識を整理したり、哲学的な瞑想を試みようかとも思いました。筆記用具が使えれば最高ですが、たぶん無理でしょう。こんな状態で、1ヵ月は持ちこたえられると思います。しかし黒田官兵衛みたいには1年は無理でしょう。

 前書きはここまでとして長期入院の対処について語ります。切迫早産の治療で1ヵ月以上も入院管理する場合があります。私が北見赤十字病院にいた30年以上も昔は、大部屋だったので、お部屋の人たちとお喋りをして気を紛らせることができました。それでも心が折れて、最低、赤ちゃんの命が助かるのならこれ以上の入院は勘弁して欲しいという患者さんがいました。当然、小児科の先生は本当に心が折れているのか?と確認してきました。精神科の先生に相談したところ、心が折れている人はその原因を除去しないかぎり回復はできません、と言われました。しかたなく赤ちゃんは早産児となりました。

 当院が開院した頃、まだスマホもワイファイもありませんでした。そこで入院患者さんの気分を落ちつかせるために本を集めました。当時の私はバカでした(今もそうですが)。自分が面白いと思った本はみんなが面白がるはずだと信じていました。好みは人それぞれです。そこで患者さんを励ますと言葉として「今のこの一瞬は、けして無駄ではありません。お腹の赤ちゃんは1時間に1gづつ大きくなっています。だんだんゴールは見えてきますよ」。ただ割り算して出したセリフなのですが、けっこう励みになっています。

 今はスマホやワイファイで本当に助かっています。