翻訳会社の社員である八木健治さんが、羊皮紙にはまったいきさつを書いた本です。羊皮紙とは、古代から中世のヨーロッパやイスラム世界で書物などに使用されていた物で、『ハリーポッター』に登場する様々な古文書も羊皮紙のはずです。最近でもヨーロッパの王室などの正式文書には耐久性にすぐれた羊皮紙が使われていました。また、コーランなど宗教関係の格式ある文書には羊皮紙が利用され、過去の物ではありません。
高校時代に美術部に所属していた八木さんは、羊皮紙製の古本の魅力に取り憑かれ、北海道からとりよせた羊の毛皮を自宅の風呂場で毛や脂をぬいて処理してから、皮を木組みにパンと張って半月刀で「シュワイ~ン」と音を響かせながら紙の厚さまで削るのでした。物好きとしか言いようがありません。そんな本を読む私も物好きですが・・・・。
文字は古代メソポタミアやエジプト、中国などで発明されましたが、古代の人々はそれを記録するのに苦労しました。メソポタミアでは粘土に楔形文字を彫りつけました。エジプトはご存じパピルス(ペーパーの語原)です。中国では木や竹を薄く削って木簡や竹簡を作り使い続けること七百年、なんせかさばるため辟易していましたが、約二千年前に蔡倫が実用的な紙を発明しました。かたや中近東ではエジプトとベルガモンがケンカして、エジプトはパピルスの輸出を禁止しました。以下の会話は八木さんの創作です。
「おい、大変なことになった。パピルスが手に入らないらしい」
「え、それってマズイですよね。これからどうやって本を書いたらいいんでしょう」
「困ったな。そ、そうだ、あれを見ろ、あいつらを使えばいいんだ」
「あいつらって?」
「おまえ見えないのか?ひつじだよ、ひつじ。あいつの皮に書けばいいんだ」
「あいつの皮って、あんな毛深いの、どうするっつーんですか!?」
「毛を削いで伸ばして削りゃ字書けるだろ!そりゃ!」
羊皮紙は作るのには手間暇がかかり大変ですが、できあがればパピルスよりもしっかりしていたため、古代ローマでも公式文書の記載に採用されました。
その後、イスラム帝国が成立して、アッバース朝になると中国の唐と戦争となって勝利をおさめました。そのとき、捕虜となった唐の兵士のなかに紙作り職人がいたため、紙は西側世界に伝わりました。
宋の時代になると、中国では火薬、羅針盤、活版印刷といった三大発明がなされて、紙を使った文書は大量生産可能となりました。かたや羊皮紙は紙みたいに大量生産はできないので、印刷物の大量出版はルネサンスのグーテンベルクの登場までお預けとなりました。
伝統的な和紙は手漉きで製造は大変ですが、羊皮紙よりはラクです。また、上質紙は耐久性があり、紙幣にも使われています。和紙は障子やふすまなどの建築材としても利用されるため、日本人は羊皮紙に触れる機会はありませんでした。
羊皮紙の沼にはまった八木さんは、その後、羊皮紙発祥の中近東を訪れて本場の職人と友人となり、大英博物館のお宝にもじかに触れて紙の厚さを計測し、そのあげく、羊皮紙の国際シンポジウムのオーガナイザーを引き受けることとなってしまいました。
さすがにくじけそうになったこともありましたが、奥さんが励ましてくれ、トルコの羊皮紙職人の親方の娘さんの結婚式まで一緒に参加してくれました。家庭は安泰なのです。