筒井康隆さんの『笑犬楼よりの眺望』(新潮文庫)をペラペラめくっていたら、「出生率の低下を憂うのは国家エゴイズム」という文が目に入りました。文末に(1991.8)と書いてあり、30年以上も前のことです。以下、抜粋です。
〈女が子供を生まなくなったというので、このままでは未来がない、国力が低下する、老人社会になる、どうすれば女に子供を生んでもらえるのかと、国を憂う旧世代の男どもが騒いでいる。・・・・。
もしおれが女なら、出産などというあんな痛いことは絶対にごめんこうむりたい。いくら欲得抜きで子供が欲しいからといって、よくまああんな痛いことを我慢できるものだと感心する。あの痛みは、女よりも痛みに弱い男であれば死んでいるくらいの痛みだと聞かされた。・・・・。
あんな痛い目をするのだから、まあ、赤ん坊ひとりにつき2,3千万円はやらなきゃなるまいが、そんな金を国家が出そうとするするわけもあるまい。しかし、本当に切実に子供を生んでほしいのなら、それくらいの金、やっぱり何とかしてひねり出すべきでしょうなあ。約20年かかって子供を一人前にするまでには、2,3千万円くらいの金、どこへ行ったかわからなくなってしまいます。
・・・・・・。
金だけがすべてでないというのはロマンチストの男の理屈であって、この場合ロマンチストというのは実は単なる無神経に過ぎないのだが、こんな男に限って「あなたの赤ん坊を生みたい」なんて言ってくれる女には恵まれないのが普通である。自分の子供なんて気持ちが悪いから、顔も見たくないと言うような繊細な男性ほど女から子種をせがまれる。これは体験上確かなことなのであるが、そういう男性はまた極めて少数である。
・・・・。なんだってそんなに出生率の低下を憂うのだろう。国家エゴイズム以外の何ものでもない。労働力などいくらでも外国から導入すればよく、国際結婚も大いに奨励すればよろしい。なあにが日本民族の純潔性か。そんなことを言っているから世界中から嫌われるのだ。流れ者を嫌い、ムラから疎外し、家族に加えるなどとんでもないというムラ意識に凝り固まっている日本人が、外国から逆差別されるのは当然だ。〉
いやはや言いたい放題です。でも当時はまだ人口は増加中でした。筒井さんの先見の明には目をみはります。
現在、筒井さんは90歳を過ぎています。さすがに創作活動にはかげりが見えてきましたが、根強いファンが大勢います。昨年、NHKBSで『筒井康隆の世界』が放映されましたが、私は時間の都合上、観ていません。出演者のなかにはカズレーザーさんもいました。多才なカズさんは小説家を志したことがありましたが、筒井さんの本を読んで、自分の書きたいことはすべて書く尽くされている、と断念したそうです。カズさんが、世界から言葉が消えていく『残像に口紅を』を押したことで、この小説は再び10万部以上売れました。私の一押しは『虚構船団』です。イタチたちによる世界史のパロディと、その世界を文房具のエイリアンの船団が襲うという誰も思いもつかない奇想天外なお話しです。