佐野理事長ブログ カーブ

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第671回 忙酔敬語 30万年前の恋

 篠田謙一『人類の起源』を読むと、人類の足跡をゲノム解析で明解に知ることができます。一昨年、人類学者のスバンテ・ペーボ博士がゲノム解析で、ネアンデルタール人がホモ・サピエンス(現代人)と従来考えられていたよりも非常に近い関係にであることをつきとめたことでノーベル医学賞を受賞しました。21世紀に入るとあらたにデニソワ人の存在があきらかにされ、3つとも交雑して遺伝子を残すほど近い存在です。

 交雑して遺伝子を残す、すなわち子孫を残すということは、ホモ・サピエンスもネアンデルタール人もデニソワ人も同種か亜種ということになります。同種は同じ種ということで分かりますよね。亜種とは同種とまではいかないがほぼ同種ということです。

 たとえばエゾシカとニホンシカ、キタキツネとキツネ、エゾタヌキとタヌキは亜種の関係です。子孫を残すのには何の問題もありません。ちなみにヒグマとツキノワグマはまったくの別種です。

 雌のウマと雄のロバをかけ合わせると、ラバという使い勝手のよい家畜が生まれますが、ラバからは子供はうまれません。ウマとロバは別種だからです。

 デニソワ人は骨の一部が発見されただけで、全身像はまだ分かっていません。それに対してネアンデルタール人は教科書にも記載があるほど有名です。その挿絵によると全身毛むくじゃらで半分類人猿みたいな印象を受けますが、ゲノム解析で色白で金髪、さらに碧眼であったことが判明しました。ヨーロッパ近辺で生活していたため、ビタミンDを得るのにメラニン色素がじゃまだったのです。ただし全身骨格の化石によって体格はホモ・サピエンスよりもガッシリしていたことは確かです。

 3つの人類とも30万年くらいに出現していました。以前はホモ・サピエンスは20万年前、ネアンデルタール人は30万年前と考えられていましたが、ネアンデルタール人とほぼ同年代のホモ・サピエンスの化石が発見されて、現在ではすべて30万年前で落ちついています。考古学は掘ってなんぼの学問ですから、あとから確かな化石が発掘されるとそれまでの定説はアッサリとくつがえります。 

 さて、3つのグループはどんな出会いをしたのでしょう。タイトルは「30万年前の恋」と書きましたが、お互いに亜種ですから、その頃は別々に暮らしていました。そしてなにかの事情で集団移動したときに交雑が起きました。ゲノム解析によれば1度だけではなく、数回にわたって行われていたそうです。数万年にもわたる乱痴気騒ぎがあったようです。

 ここで私は想像をめぐらせました。言葉はそれぞれのグループ特有で、共通言語はありません。「やあ、お嬢さん、こんにちは」なんてことはありませんでした。ホモ・サピエンスはもともとアフリカで生活していました。そしてなにかの事情でアフリカを出て中近東あたりでネアンデルタール人の集団と出会いました。今と違って大昔の人々は大らかだったと思います。ホモ・サピエンスは色白のネアンデルタール人を見て驚きました。色白は七難隠すといいます。金髪で色白の女性に惚れ込みました。ネアンデルタールの女性も背が高くて色黒のホモサピエンスを見て格好いい!と思いました。ホモ・サピエンスの女性は金髪でガッシリしたネアンデルタール人を頼りがいのある伴侶と認めました。ネアンデルタール人の男性はホッソリとしたホモ・サピエンスの女性に惹かれました。ここで両集団はめでたく結ばれたのであります。恋があれば言葉は必要ないのでした。