佐野理事長ブログ カーブ

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第670回 忙酔敬語 恐鳥類

 6600万年前に地球に巨大隕石が落ちて生物の入れ替えが起こりました。大型恐竜は滅び、陸上の覇者になったのは日陰者だった哺乳類です。もっとも小型恐竜ともいえる鳥類も生きのこり、現在、種の数で言えば鳥類の方が哺乳類よりも多く、相変わらず恐竜が主役と言えなくもないのですが、ここは大型動物に目を向けることにします。

 昔に見たNHKスペシャルによると、覇者になったはずの我らが先祖である霊長類の前に立ちふさがったのが、恐鳥類と呼ばれる大型肉食鳥類でした。まさに恐ろしい鳥で、大きさはダチョウの何倍もあり、大きな曲がったワシのようなクチバシで獲物の肉を切り裂いて飲み込みました。体が巨大なので空は飛びません。というか飛ぶ必要がなかったのです。飛ぶという行為はコストがかかるので、必要がなければはしょる方に進化します。昔は「退化」と言っていましたが、現在では進化の一形態としてあつかっています。

 以来、この恐鳥類に興味を抱きつづけていましたが、くわしく解説した本にはお目にかかれませんでした。そこに登場したのが川上和人『鳥類学者無謀にも恐竜を語る』です。川上さんは筆まめな鳥類学者で、『鳥類学者だからって鳥が好きだと思うなよ。』で大ブレークしましたが、その前にも本書や『そもそも島に進化あり』を書いています。軽薄なタッチですが、本物の学者なので学問的な部分はしっかりとおさえて書いています。

 『鳥類学者無謀にも恐竜を語る』には、肉食恐竜が滅びたニッチを埋めたのが恐鳥類だと紹介されていました。ニッチとは生息域のことです。しかし、ここで不思議に思いました。どうして肉食哺乳類でなくて鳥類だったのか? その後、恐鳥類は姿を消し、そのニッチにはジャガーなどの肉食哺乳類が登場しましたが、どのような交代劇があったのか?

 スティーブ・ブルサッテ『哺乳類の興隆史』を読みましたが、新生代になって霊長類が恐鳥類に苛められたという記述はありませんでした。そもそも恐竜が覇者であった中生代は、大型動物のニッチは恐竜が占め、小型動物のニッチは哺乳類が占めたと言いきっていました。新生代になって立場は逆転するのですが、そこに恐竜が復活しないで大型の恐鳥類が登場するのは変な話です。どうしてなのかなあ、と思っていたある日、NHKBSの海外ドキュメンタリー『鳥』が放映されました。

 内容は「鳥類の興隆史」みたいなものでした。番組開始早々に哺乳類の専門家であるブルサッテ博士が登場しました。博士は哺乳類だけでなく鳥類にも手を出していました。そして女性の古生物学者が、5000万年前に南米に存在した巨大な鳥類について解説していました。あらためて解剖学的に分析すると、脚の構造はゾウみたいでダチョウのように速く走れなかったようです。また体を構成する炭素の解析によって肉食ではなく草食であることも判明しました。あの大きくて鋭いクチバシは猛禽類特有のものではなく、オウムのような頑丈なクチバシだったのでした。ようするにあのデカイ鳥は単なるノロマだったようです。そして北米から侵入してきた肉食哺乳類によって滅ぼされたということです。

 これで長年の疑問は解決しました。すっきりはしましたが、ちょっと残念な気もしました。このように疑問を抱きつづけていれば、いつかはアンテナに情報がひっかかります。 番組によれば川上先生が書かれた頃には恐鳥類についての解析はほぼ完成されていたらしいのですが、まだおおっぴらにはなっていませんでした。その証拠にネットで「恐鳥類」を検索するといまだ肉食の鳥として解説が出ています。それも侘びしいものです。