歯科検診のあと「あと何年もちますか?」と訊いたところ、川村先生は「5、60年はユトリです」とキッパリと言ってくださいました。60年後にはとっくに本体は朽ちはてています。ここで思い出したのがスティーブ・ブルサッテ『哺乳類の興隆史』です。まだ40歳になったばかりの新進気鋭の考古学者が、哺乳類の出現から未来までを解説しています。一般書ですから、いろいろな個性あふれる考古学者を、ゴシップをまじえながら親しみやすく紹介しています。
古生物のスターは何といっても恐竜で、私も恐竜少年のハシリでした。今年、「生命の始まりから終わりまで」というテーマで小文を書いたところ、哺乳類の歴史についてよく知らなかったのですが、この本のおかげで十分にカバーすることができました。
哺乳類の登場は恐竜とほぼ同じで3億年前の中生代です。両方とも爬虫類から進化しました。爬虫類は手足が体幹の横に出ているため、移動するときは這うようになります。かたや恐竜と哺乳類は手足は体幹の下方にすっくと伸びています。考古学的には骨盤や大腿骨の構造で判断できます。
恐竜は登場して早くから大型化していったので多くの骨が残っていますが、哺乳類は小型路線で進化したので目だった骨を掘り出すのは困難でした。哺乳類の赤ちゃんは子宮の中で育ってから産まれますが、初期の哺乳類は卵で生まれたり、カンガルーのように未熟児が袋のなかで育ちました。胎盤のある哺乳類の出現は白亜紀になってからでした。
では考古学者は恐竜と哺乳類をどうやって見分けたのでしょう? それは歯です。恐竜は、その子孫である鳥類を見ても分かるように、食事は基本丸飲みでした。巨大草食恐竜も木の葉や草を歯で刈り取りそのまま丸飲みしました。あとは鳥みたいに砂嚢やバクテリアや消化酵素にお任せだったようです。哺乳類の特徴は食物を咀嚼することです。良く噛んでから呑むということで、消化は口のなかで早々に始まります。恐竜の歯が切り取ることに特化しているのに対して、哺乳類の歯はわれわれの奥歯のようにすりつぶす構造になっています。考古学者はこの小動物の歯を這いずり回ってピンセットを使ってさがすのですから本当にご苦労さんです。
初期の哺乳類は雑食だったので歯の構造で判断できましたが、多様化するとクジラのように丸飲みする輩も出てきて、当然、歯の構造も変化しました。現在では遺伝子配列によって従来の分類法が間違っていることが判明し、解剖学的な束縛から解放されました。たとえば21世紀になってクジラの先祖はヤギやウシの仲間である偶蹄類と判明されました。ヤギが海に入ってクジラになるなんてちょっと想像がつきませんね。
動物は環境に順応して進化するので、似たような環境だとまったく種が違っても似たような構造の動物になります。たとえばイルカ。サメとそっくりです。獲物もそっくりで、大型のイルカであるシャチも、ジョーズで名をはせたホホジロザメも、オタリアを襲います。テレビの放映であわれなオタリアが空中に飛ばされたのを見ました。中生代のイクチオサウルスという魚竜は爬虫類です。これも似たような生態を送っていたようです。
サメの歯は何度でも入れ替わって生えてきますが、哺乳類は原則として乳歯と永久歯の入れ替え1回だけです。哺乳類は歯がすり減ったら食事ができなくなりアウトです。さいわい私は60年と太鼓判を押されたので、人に嫌われるまで生き残れそうです。