佐野理事長ブログ カーブ

Close

第657回 忙酔敬語 『タコの心身問題』

 シドニー大学ピーター・ゴドフリー・スミス教授が書いた本です。スミス教授は生物哲学がご専門です。熟練のスキューブ・ダイバーでもあり、友人のダイバーがタコは賢いとと言うので、タコの知性と心のありように興味を抱いてこの本を書き上げました。

 原題名はOTHER MINDS: The Octopus, The Sea, and The Deep Origins of Consciousness です。直訳すると、『人間以外の心、タコ、海性動物などの根源的な心や意識の起源』。ちょっと意訳すると、『人間以外のタコをはじめとする海の動物の心の問題』です。これでも何を言いたいのか分からないので、翻訳家の夏目 大さんが噛み砕いた題名にしました。人間とタコの共通の祖先が出現した6億年前からの歴史から、人間を含む脊椎動物とは違った動物の知性や心について思いをはせたので原題名になりました。

 地球の動物は大きく分類すると34種類の門(大きなグループ)にわけられます。そのなかで目・聴覚などの感覚器にによって情報を分析してすばやく行動できる動物は、われわれ人類を含む脊椎動物と昆虫などの節足動物、そしてタコやイカといった軟体動物の一部である頭足類です。動物によっては脳はありません。さらに心臓の無い動物までいます。

 現在の地球上で一番繁栄している動物は節足動物です。陸上では昆虫、海ではクジラや小魚の餌になるオキアミといった小さなエビの仲間です。しかし、節足動物の成虫は短命で大きな個体にはならないので高度な知性を持つまでには至りません。ハチやアリの多くは社会を形成して、ハキリアリのようにキノコを栽培するといった農業まがいなことまでしますが、ほとんど本能的な反射行動です。考え込んでいる虫たちはいないようです。独立して新しく巣作りをするオオスズメバチの女王は、雨が降り続いて獲物がなくなり幼虫たちの存亡にかかわる事態になると、ためらわずに弱った一匹を引きずり出して他の幼虫の餌にしますが、苦渋の決断と言うよりは反射的な行動のようです。これはこれで高度な知性と言えますが、考え込んでいるワケではありません。

 それに対してタコは考え込んでいるのではないかとスミス教授は考え込んでいます。脳もかなり立派です。ただし根本的に脊椎動物と違った構造になっているため何を考えているのかはサッパリ分かりません。

 タコの脳は本体に大きいのが1個と8本の足にそれぞれ1個ずつあります。タコの動画を見ると足の1本1本が実に巧妙かつ複雑に動いているので、独立した神経系があることが察せられます。まるで当院のシステムみたいです。私を含む3人の経営陣が本体の中枢です。これだけで院内の仕事をすべて管理するのは不可能です。助産・看護スタッフ、事務方、厨房、清掃といった各グループにもそれぞれ指揮官がいてなり立っています。この本を読んで、俺たちはタコみたいな組織なんだなあ、と変なところで納得しました。

 この本の最終章に近づいたとき、頭足類の寿命がせいぜい1、2年と短いことが判明しました。たったそれだけでは学習が蓄積する可能性は期待できません。さんざんタコの心(MINDS)について講釈されてきたので、だまされた思いになりました。念のため頭足類の中でも最大のダイオウイカの寿命について調べたところ、これもせいぜい3年程度とのこと。逆にたったそれだけで全長が10m以上になるとは驚きでした。ダイオウイカはマッコウクジラの狩りの対象として知られていますが、深海生物のため生態は不明な点が多いようです。確かなのは不味くて人の食用にはならないということです。