佐野理事長ブログ カーブ

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第648回 忙酔敬語 患者さんに寄り添う

 朝日新聞『天声人語』の記事からです。

 〈「医者になろうと思ったことはないのですか」

 看護師の白川優子さん(50)はそう聞かれ、ハッとしたことがある。

 「そういえば、ない。私は看護師として、患者さんのそばにいるのが好きだから」〉

 これを読んで思い出したのが映画『ミート・ザ・ペアレンツ』の主人公が看護師と医師の資格を同時に持っていて、自分には看護師の生き方が合っていると判断したことです。24年前にこの映画を観たとき、よく意味が分かりませんでしたが、白川さんの言葉で四半世紀ぶりに納得できました。欧米では医師と看護師は対等で、看護師の独立性が尊重されています。

 日本では看護師は医師の補助をする立場が強調されていますが、英国貴族でクリミアの天使と言われたナイチンゲールが、看護の重要性を統計を用いて頑迷な医師たちに説明して看護師の始祖となりました。要するに医師の仕事と看護師の仕事は別ものなのです。日本でも多くの看護学校にナイチンゲールの像が安置されています。

 昔、末期癌の疼痛緩和のためのブロンクトン・カクテルというモルヒネ・ワイン・シロップのカクテルが紹介され、さっそく験したのにちっとも効かないのでガッカリしました。あとで英国では看護師が、ベッドサイドで症状に応じて投与量を加減していることを知り、欧米の看護師の権限がいかに強いのかを思い知らされました。

 私が産婦人科になったとき、大先輩が「まず看護師に追いつけ、そして助産師に追いつき追いこして一人前の産婦人科医になれ」と訓示をされました。当時の医師は注射や採血のやり方は系統だって教えられませんでした。私は詰め所で一番優秀と思われる若いナースに教えを請いました。私が見込みんだとおり、その人は、別の科に配属されてから師長となり、その後、ある看護学校の校長になりました。

 冒頭で紹介しましたが、看護師の仕事は患者さんに寄りそうことです。医師になりたての頃、メスを握る機会はそう多くはありませんでしたが、術前、術後の患者さんの状態や、入院生活の長くなった癌患者さんに寄りそうことはできました。医師よりも看護師みたいでした。もともと末期癌は辛気くさいので明るい産科の勤務を希望していたのですが、皮肉なことに婦人科でも末期癌の患者さんが多い部署に配属されました。産科勤務は1年後となりましたが、その1年で緩和ケアや看取りの重要性について深く学びました。

 ペイペイの医師でも病室に入れば患者さんに頼りにされます。それまでの人生でこれほど頼りにされたことのなかった私は舞いあがりました。ちょうどその頃、鍼治療も始めたので、あっちが痛い、こっちが痛いという患者さんたちからは重宝されました。鍼治療は究極の寄りそいです。しかし、今思うに看護体制は医師の仕事とは別ものです。

 『ミート・ザ・ペアレンツ』は、主人公が婚約者の頑迷な父親の承諾を得るためのドタバタ劇です。その父親を演ずるのは名優ロバート・デ・ローニ。元CIAの強面で、はなっから愛する娘を手放すのが気にくわない。いろいろ主人公をいじめますが結局は墜ちます。さらには主人公が看護師だけではなく医師の免許も持っていることを知りご満悦となりました。ここで私は怒りました。

 「欧米では医師・看護師関係が対等だなんてウソだったのかい?」