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第647回 忙酔敬語 映画『戦場にかける橋』

 緊急帝王切開が終了したとき、不思議な充実感とさらには高揚感を覚えました。緊急事態でもスタッフ一同一糸乱れず役割分担をはたして無事になしとげたからです。

 ここで思い出したのが『戦場にかける橋』で捕虜になった英軍のニコルソン大佐が捕虜収容所の所長の斎藤大佐に言った言葉です。

 「わたしは軍隊が好きだ」

 場面は、日本軍の命令で英軍捕虜たちが軍事目的のクワイ河にかける橋を建設して完成した橋の上で、心が通うようになった両大佐がしみじみと語りあうシーンです。ニコルソン大佐はイギリスの植民地であるインドで28年間軍人として努めていました。おそらく有能な司令官だったのでしょう。「わたしは軍隊が好きだ」が、この映画の本当のテーマだったことが今になって分かりました。実に半世紀以上もかかりました。

 私が『戦場にかける橋』を見たのは日本で初めて公演されたときでした。当時、私はまだ5歳くらいで父と一緒に小樽の映画館で見ました。印象的な口笛のテーマ曲『クワイ河マーチ』から始まり、最後は完成した橋が爆破されて列車がポーッと警笛を鳴らしながら河に落ちていきました。チビの私は退屈もせずに鑑賞しました。なんせ1950年代ですからCGはなく、ドローンの撮影もありません。セットはほとんどが本物でした。

 伝説的な名画ですから、その後、何度もBSなどで放映されました。英軍捕虜がどうして日本軍に協力したのかはケンケンガクカクの議論の対象となりました。映画の中でさえ、英軍の軍医がニコルソン大佐に疑念を抱きつづけました。ニコルソン大佐自身も橋が完成することで英軍が不利になるのは百も承知でした。また、ジャングルでの橋の建設を知った米軍は橋の破壊工作を着々と進めます。

 ニコルソン大佐を演じるアレック・ギネスは格好いい!の一言です。別に戦争が好きなのではなく、規律ある統一の取れた軍隊の生活が好きなのです。ただ日本軍の言いなりになっていては士気が下がり、兵隊の心身の健康も損なわれます。そこで、英軍のなかに橋建設の専門家を見いだして積極的に協力することにしました。もちろん、軍医のように反論する者もいますが、何せニコルソンには動かしがたいカリスマ性があり、英軍一致して効率の良い仕事を進めていきました。

 橋が完成したら英軍は不利になるではないのか?そこの所を大佐はどう考えているのか?当然の疑問です。当時の東南アジア方面では英軍は日本軍にやられっぱなしでしたが、まだ大英帝国としての実力がありました。たった一つの橋くらいでは全体の戦局には大して影響はないだろう、と大佐は考えたようです。それよりも今後、反転する機会があったとき、軍隊の士気が落ちていては反転のしようがないのではないか?橋一つよりも軍隊の士気と誇りを保つのが自分に課せられた使命ではないか?これが大佐の原動力となりました。映画ではここまでハッキリと大佐の考えは述べられていません。したがって後になってもケンケンガクカクと議論されることとなりました。

 結局、完成された橋はアメリカ軍の工作部隊によって爆破され、そのとばっちりで所長の斎藤大佐もニコルソン大佐も死んでしまいました。ただ戦争の空しさだけが残り、ますますニコルソン大佐の考えは分かりにくくなってしまいました。しかし、60年以上もたった現在、緊急帝王切開でやっと真相が見えたのであります。名画は奥が深いですね。