佐野理事長ブログ カーブ

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第645回 忙酔敬語 寅子の子宮

 朝ドラ『虎に翼』はなかなかの評判です。讀賣新聞の番組紹介では主人公の寅子を史上最強のヒロインと絶賛していました。納得がいかないと相手かまわずに挑みかかります。そんな寅子にも弱点があります。それは生理痛です。

 第3週目は生理痛で4日間学校を休むシーンから始まりました。これまでヒロインが生理痛で苦しむ設定は見たことがなかったので驚きでした。男性の脚本家なら絶対に無理だよなあと思ったら、やっぱり吉田恵里香さんでした。同級生の男装でツッパルよねは、はじめは寅子たちとは一線を引いた態度を貫いていましたが、週の終わりには勤め先で知り得た生理痛に効く「三陰交」というツボを寅子たちに伝授しました。ドラマとしては一応これでメデタシメデタシなのでしょうが、産婦人科医としての私はこれからが大変だぞ、と大いに心配しています。

 30年ほど前、北見赤十字病院に勤務していたときのことです。高校2年生の心身ともに強そうな生徒が腹痛のために受診しました。腹部超音波検査で明らかな卵巣腫瘍を認めました。手術をしたところ卵巣にチョコレート状のドロッとした液がたまっていました。子宮内膜症です。子宮内膜症は月経血が卵管から腹腔内に逆流して卵巣などに貯まり込んでできる病気です。この女子生徒はまさにそのチョコレートのう腫でした。手術で悪い部分は全部取り除きましたが、再発しないようにホルモン療法をしました。今なら低容量ピルやジエナゲストがあるのですが、当時はボンゾールという男性ホルモン作用のある薬しか思いつきませんでした。ボンゾールを服用した女子生徒は筋肉がモリモリ附いてマラソンで一等賞をとったと喜んでいましたが、定期検査で肝臓に負担がかかっていることが判明して中止しました。あれからどうしたのかなあ、と時々思い出します。

 その頃、妊娠24週手前で破水した妊婦さんがいました。陣痛もドンドン来て押さえられそうもなく赤ちゃんに負担をかけないように帝王切開をしました。赤ちゃんは無事に出てくれましたが、子宮があちこちゴツゴツしていて子宮腺筋症だと判明しました。子宮腺筋症は月経血が子宮の筋層に入り込んで腫瘍となるヤッカイな病気です。とりあえず切開部を縫合しましたが、術後、発熱と腹痛で癒合不全と判断して再手術しました。腺筋症のゴツゴツした部分を健康な筋層が出てくるまで削り取りました。結局、子宮の3分の1を削りました。そこで再縫合したところ無事に熱も出なくなりました。小児科の先生も必死に頑張ってくれたおかげで、その子は元気に成長しました。残った子宮を検査したところ卵管は一本通っていて次の子を作るのも不可能ではなさそうでした。

 以上、子宮内膜症と子宮腺筋症の患者さんを紹介しましたが、両方いっぺんに罹ってしまった患者さんも珍しくはありません。これも北見赤十字病院でのこと。子宮が大きく子宮筋腫と診断した患者さんの開腹手術をしたとき、お腹の中がガッチリ癒着していて、どれが子宮なのかも判然としない状態でした。外科の先生を呼んで癒着を剥がしてもらいました。子宮と卵巣がはっきりと見える状態になり、「あとは大丈夫ですね?」と外科医は完爾とほほえんで手を下ろしました。ハイ、おかげさまで大丈夫でした。

 寅子はまだ若い。今からこれでは先が思いやられます。子宮内膜症も子宮腺筋症も月経血の逆流だけではなく体質も大いに関与しています。いろいろな気の毒な患者さんを診てきた私は心配で心配で純粋にドラマが楽しめないのであります。