日本東洋医学会が一般医向けに「感冒に用いる漢方薬の選択」のフローチャートを作成しました。作成チームのリーダーは東北大学の高山真先生です。症状に応じて麻黄湯、葛根湯、桂枝湯と風邪でおなじみの方剤がラインナップされていましたが、胃腸症状に対して「平胃散」という私が使ったことがない処方が紹介されていました。
一般的に漢方薬はジックリ効かせるというイメージがあります。胃腸に関しては四君子湯や六君子湯が有名です。両方とも朝鮮人参が主薬です。食欲を増進させて体力の改善をはかります。四君子湯に吐き気を押さえる陳皮と半夏を加えると六君子湯になります。
これらに対して平胃散はいわゆる胃薬です。食べ過ぎや飲み過ぎなどの不摂生で調子をくずしたときに最適です。じっくり体力を増強させる人参は含まれていなく、気分をサッパリさせる6つの生薬から構成されています。
気分をサッパリさせるといっても効果は微妙に異なります。主薬は蒼朮です。消化管にたまった水分を処理してサッパリさせます。朮には白朮というマイルドで体力を補う生薬がありますが、ここは強力な蒼朮でガッチリ水分をさばく必要があります。お腹のダボダボが改善してサッパリします。2番手の厚朴と3番手は陳皮はほぼ同格です。両方とも蒼朮ほどではありませんが余分な水分を処理します。厚朴には気分を盛り上げる作用もあります。陳皮は吐き気を押さえます。これらの3つの生薬でほぼ役目を達成しますが念のためにつぎの3つの生薬にもお仕事をしてもらいます。
まずは生姜。いわゆるショウガです。簡単に手に入るのでありがたみは分からないかもしれませんが「嘔吐の聖薬」とまで言われています。アメリカではつわりの妊婦さんは原則としてショウガで我慢してもらっているそうです。このように吐き気が軽減されれば気分はサッパリします。大棗はナツメのことです。気分を安定させ体力増進作用もあり味も悪くないのでサッパリします。甘草はトップスリーの生薬が暴走しないそうにマイルドにまとめてサッパリさせます。
ここで参考になるのが葛根湯です。葛根湯は葛根、麻黄、桂枝、芍薬が主な戦力になっていますが、先ほどの生姜、大棗、甘草が加わって胃腸の調子を整えています。このように裏方として大事な仕事をしているのです。
というわけで風邪薬の一環として平胃散が登場したのが理解できたと思います。高山先生のチャートを見て、さっそく胃の調子が悪いという患者さんに処方したところ、この効果に患者さんは驚き、私も驚きました。東洋医学会のことで高山先生とメールでやり取りした際、このことをつけ加えたところ、高山先生から「平胃散は切れ味のよい薬です」と返事がありました。
何度もくり返しましたが基本はサッパリさせる薬なので、困ったときに頓服として飲む薬です。江戸時代に江戸城に集まった大名の一人が胃痛を訴えたとき、富山藩の藩主が反魂丹を勧めたところ劇的に改善したのが富山の薬売りの発端となったということですが、その反魂丹とは平胃散だったかもしれません。
胃腸を整えるということは健康を保つ基本です。昔、幕末から明治にかけて活躍した浅田宗伯が「何をやっても効かない患者に平胃散を飲ませてみたら軽快した」と書き残しましたが、きっとサッパリしたんでしょうね。