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第641回 忙酔敬語 鈴木眞理先生

 3月9日、日本東洋心身医学研究会に参加しました。特別講演②のテーマが「摂食障害の治療に漢方薬ができること」でした。「やせ」におちいる子は生命活動から一抜けた、と宣言したようなものなので、治療するには大変なエネルギーが必要です。

 四半世紀も前にこのような何人かの若い女性の対応をしたことがありました。良くなった子もいれば別の施設へ紹介した子もいました。良くなった子はどうして良くなったのか今になっても分かりません。成りゆきとしか説明がつきませんでした。

 演者は日本摂食障害協会理事長の鈴木眞理先生。ご講演を聴いているうちに当時に勉強した本のことを思い出しました。何冊か読みましたが、どれもため息が出るだけで納得のいくテキストはありませんでした。唯一腑に落ちたのは『乙女心と拒食症 やせは心の安全地帯』でした。拒食症の専門家はほとんどが精神科医ですが、この本の著者は内科の先生で、ご自身の経験を分かりやすく紹介していました。それまで治療にたずさわった子は500例ととんでもない数字でした。文中に「これは私見ですが、本当に健康な子だったら拒食症におちいる前に家出すると思います」という言葉があり、これが深く印象に残りました。

 鈴木先生の講演を聴いているうちに、「ひょっとしてあの本を書かれた先生ではないか?」と気づきました。そこで壇上からおりた先生に名刺を差し出して挨拶しながら、家出の話が印象深かったむねをお伝えしたところ、「はい、わたしが書きました。さらに非行に走る場合もあると書いたと思います」と語られました。

 ご著書には先生の可愛らしい丸顔の写真も掲載されていました。目の前の鈴木先生は髪が真っ白になっただけでちっとも変わりませんでした。熱くなった私は、自説の、生物は自分にあった環境に生きるように、人間も同様であり、童話作家の五味太郎さんが『大人問題』で「人生の目的は自分の居場所を見つけること」と書いていたことを話しました。蛇足だったかもしれませんが熱くなったはずみのことでした。鈴木先生はにこやかにうなずいてくれました。「あのね、あのね」と言う弟に対するお姉さまのような雰囲気でしたが、あとで調べると私とそう変わらない年代でした。

 鈴木先生のご講演のあとはシンポジウム【古典から考える心身医療】があり、3人のシンポジストが講演し、その後、シンポジストどおしの活発な質疑応答がありました。昨今のシンポジウムはシンポジストたちが時間を超過して講演するので、質疑応答が不十分で消化不良のような感じをすることが多いのですが、今回は、各先生たちは時間厳守でしかも質疑応答が充実していました。なかでも中江啓晴先生の「香川修庵『一本堂行余医言』における不食」は、江戸時代にも摂食障害はあり(不食)、それに対して香川修庵はつかず離れずの微妙な対応をしていたことを伺い知ることができました。

 鈴木先生はこれらの講演を熱心に聴きながら左手でメモしていました。漢方の研究会ですから鈴木先生自身も漢方に関するご講演をされたのですが、さらなる知識を深める姿勢に感服しました。

 私は学生時代からの悪筆で、自分のメモは役にたたないので、その場で記憶する主義で人生を貫いてきました。胸部外科の和田寿朗教授も「ノートなんか取らないでしっかり集中して聴きたまえ」と言っていました。まっ、これも一つのやり方です。