佐野理事長ブログ カーブ

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第639回 忙酔敬語 不快性射乳反射

 フカイセイシャニュウハンシャ?聞いたことがないでしょう。要するに「授乳が気持ち悪い」ということです。

 最近まで、授乳にともないオキシトシンという幸福ホルモンが分泌され、お母さんの母性が促進される、子宮を収縮させて悪露を減らす、現に赤ちゃんにお乳を吸われると生理痛みたいな痛みを感じる女性もいます。痛み以外は、とても良いことだと完全母乳を目指す施設も増えました。

 当院はお母さん本人の意思を尊重しているので完全母乳にこだわってはいません。しかしながら、「授乳が何となくイヤ」と言うお母さんが少なからず存在することが分かり、そして不快性射乳反射という言葉にたどり着きました。

 実は幸福ホルモンはオキシトシンだけではなく、ドーパミンやセロトニンをあわせて3つになります。ドーパミンは代謝が早く、授乳してオキシトシンが増加する前に減少してしまうことがあります。このため、デリケートな人はイヤな気分になるのです。時間がたてばドーパミンも回復しますが、個人差があり、どうしても授乳がイヤだということになります。マジメなお母さんは、母親失格だと自分を責めてしまいますが、これは仕方のないことです。好きな音楽を聴いたり、スウィーツなどで気分を盛り上げる工夫もありますが、これといった決め手はありません。

 日本で製造されている人工ミルクは栄養面、安全面ともに世界的にもすぐれていて、中国の方々が爆買いして話題になったこともありました。完全母乳を目指していた小児科の大家である南部春生先生も、笑顔で赤ちゃんの顔を見ながら人工ミルクで育てても完全母乳に遜色はないと講演されていました。

 ウシやウマ、ゾウなどの草食動物の赤ちゃんは、生まれてすぐにヨチヨチしながらも立ってお母さんのお乳をさがしますが、人間の赤ちゃんの脳はほとんど何もインプットされていない緻密なコンピューターです。視力は30センチくらいの近視で、もっぱらお乳のありかと母親の顔を認識するのが役目です。顔の表情の認識はすでにインプットされていて、お母さんがニコニコすれば赤ちゃんも心が満たされます。したがって泣きながら母乳を吸わせるよりも優しい笑顔でミルクを飲ませる方が、ずっと赤ちゃんは安心します。母親の表情を見ながら食事のできる哺乳類は霊長類くらいでしょうかね。

 デリケートな授乳行為から解放されると、幸福ホルモンのドーパミンもオキシトシンも安定してお母さんに幸福を提供し続けます。ドーパミンもオキシトシンも通常は本人の意思でコントールすることはできません。外的な刺激が関与します。たとえば赤ちゃんの泣き声でオキシトシンが高まり、お乳が張るということはよくあることです。妹のお産に立ち会ったお姉さんが、感動して「スゴイッ。人生ってすてたもんじゃないね、あっ、オッパイが張ってきた!」と叫んで胸をかかえたので、お産を終えた妹さんに「ねえ、お姉ちゃんの人生ってすてたもんだったのかい?」と訊いたところ「ウン、すてたもんだった」と答えたので、吹き出したことがありました。

 もう一つの幸福ホルモンであるセロトニンはある程度コントロールができます。ジョギングをしていると徐々に分泌が高まり、いわゆるランニングハイになります。これにハマって走り続ける人がいますが、健康のためには、やり過ぎ注意です。