佐野理事長ブログ カーブ

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第638回 忙酔敬語 中島らもさんの断酒

 今年は中島らもさんが亡くなってからちょうど20年になります。私はらもさんと同年代です。らもさんは、生前、アルコールをはじめ薬物依存と闘いながら端正な文章を量産しました。原稿の依頼はハンパではなく、律儀にも穴を開けることはほとんど無かったそうです。ゆきづまると日本酒を8合ほど浴びるように飲みながら書き、朝、目を覚ますとできあがった原稿の上に顔を伏せていたという逸話もあります。

 亡くなる1年前に、NHKのドキュメンタリーで、らもさんがアルコール依存と闘う姿が放映されました。らもさんの目はチラチラと不随運動をしており、一目でハードな部分がやられているんだ、と分かりました。当時、私もかなりのアルコールを摂取していました。お酒を飲みながら端正な文章を書くらもさんに憧れていましたが、これで憧れるのはやめました。奥さんの支えもむなしく翌年に酔っ払って転倒して頭を強打して死亡しました。奥さんは敬虔なクリスチャンで、疲れはてた顔をしていました。ディレクターの質問に、「主人が日本酒を飲むときは水で薄めています」と答えると、らもさんはこわい顔をして「なんや、そんなことをしてたんか?」とチラチラする目でにらみつけましたが、もともとアッサリ味の酒を好んでいたので、本当に気がつかなかったのかもしれません。

 らもさんの人気は亡くなってからもおとろえず、ちくま文庫の『中島らもエッセイ・コレクション』を見つけて、なつかしく思いながら読みました。私は10年ほど前まで毎日のように深酒をしていましたが、夜間の緊急事態に対応できないと自覚してから、つき合い以外ではキッパリと酒を断ちました。それが、お酒関係のエッセイになると無性に呑みたくなり、家内が料理のために備蓄している焼酎のありかや、その減り具合などを頭の中で確認しました。どうも精神的には完全に断ち切れていないのだ、とわれながら呆れるやら可笑しいやらでした。もちろん呑んでいませんよ。

 らもさんは女性にも人気で、昔、事務のRちゃんが『今夜、すべてのバーで』を貸してくれたのが、らもさんを読むきっかけとなりました。らもさん自身はノンフィクション・ドキュメンタリーだと言っていますが、これが第一回目の断酒で、これはそう長くは続かず何回も断酒しています。誰かが「禁煙なんか簡単だ。オレなんか今まで100回も禁煙した!」と豪語していましたが、まさにこれと同じです。

 心理師Mさんは『超老伝』が一番好きだと言っていました。この作品は、地の文がなく、どの章も全部セリフで書かれています。当事者たちのセリフがつながって全体のストーリーが見えてきます。実はこのやりかたは、私が学生のときに、バイト先の当直室でアヤシイ小説を書いたときの手法です。一緒にバイトしていた輩から「名作だ!」と賞賛されましたが、内容がヤバイので日の目を見ることはないでしょう。『超老伝』の主人公はときどき「おむつおむつ」と意味不明なことをつぶやきますが、『今夜、すべてのバーで』をすすめたRちゃんは、「『中島らもの明るい悩み相談室』で、うちのお祖父ちゃんが時々『おむつおむつ』と言いますが何とかなりませんか?という相談がありましたよ」と教えてくれました。相談員のらもさんは「おむつおむつ」がお気に召めしたようです。

 私の一押しはドラッグエッセイ『アマニタ・パンセリナ』です。咳止めシロップの依存に悲観して自殺した高校生に、らもさんは「かわいそうだが馬鹿な子だ。やめられなければ続ければいいのに」と言っていました。このセリフ、私もたまに拝借しています。