寒い季節、高校生を含む多くの若い女性が下腹部痛のために受診しました。なかには内科を受診したが、まず婦人科で見てもらいなさいと門前払いを受けた患者さんもいました。こんなときに重宝したのが当帰建中湯です。
建中湯の「健中」とは腸の調子を整えるという意味があります。風邪の薬である桂枝湯に含まれる芍薬の割合を多くした桂枝加芍薬湯が基本となっています。芍薬は甘草とタイアップしてお腹の痛みを緩和します。要するに風邪薬からお腹の薬に変化したのです。
桂枝加芍薬湯に膠飴(コウイ、水飴のこと)を加えると小健中湯になります。虚弱な子供が「ポンポン痛い」と言うときが出番です。膠飴は甘みがあり即エネルギーになるので一見補助薬ですが、この場合は主薬となります。数年前、初めて帝王切開の器械出しを担当したスタッフがあまりに緊張しているので、膠飴が含まれているキャラメルを2個ばかり舐めさせて神経を静めたことがありました。
小健中湯となれば大健中湯もありますが、建中湯の原則からはずれて桂枝加芍薬湯を基本としてはいません。腸を温めて刺激する乾姜(ショウガを乾燥させた物ですが薬効はバツグンです)、山椒、朝鮮人参の三つの生薬を膠飴でくるんだ方剤です。乾姜や山椒は刺激が強いので、膠飴を入れ忘れて処方したところ、クレームが来たという話があります。エキス剤では膠飴のため他のエキス剤の2倍の量が必要です。外科の手術後に腸の働きを改善するため、漢方を知らない医師の間でも重宝されている薬です。妊婦さんでもお腹が冷えてガスがたまって便が出ずらいという場合はほぼ百発百中です。
さて、当帰建中湯に話はもどります。当帰建中湯は桂枝加芍薬湯に当帰を加えた方剤です。当帰は川芎とともに女性のための基本的な生薬です。栄養を組織の末端まで行きわたらせ、いわゆる「貧血」の生薬として知られています。また鎮痛作用があり、当帰建中湯の場合は芍薬と組んでいい仕事をしています。芍薬+甘草は腸の痛み、当帰+芍薬は婦人科系の痛みとして理解していただければ、当帰建中湯が女性の下半身の痛みを幅広く承るということがよく分かると思います。
当帰建中湯の構成生薬には他に桂枝、大棗、生姜があります。桂枝は血液の循環を改善して体を温めます。大棗はナツメのことで、一見、薬効は地味ですが体力を補い、精神安定作用もあります。味も甘いので、甘草と組んでさらに安定作用が強化されます。生姜は野菜として売られているショウガです。胃の調子を整え、「嘔吐の聖薬」とまで言われています。簡単に手に入るのでありがたみはうすいのですが、このように単独でもいい仕事をします。
当帰建中湯の効果を整理すると、胃腸の痛み、婦人科系の痛み、冷えなどがあげられます。したがって、これといった原因を認めない腹痛を訴える女性にはうってつけの薬となります。西洋薬の痛み止めは、胃腸をこわしたり体を冷やしたりしますが、当帰建中湯にはそんな心配はありません。痛みの部位がはっきりしている患者さんの場合は、私は鍼治療をします。これは患者さんが「あれっ!これ本当?」と言うくらい即効します。当帰建中湯は、どこが痛いのかよく分からない、という医者泣かせの女性に効くありがたい薬です。ただし痛くなる原因はあります。食生活を確認して、アイスを毎日食べているという女性には厳重に注意します。やはり日頃の養生が第一です。